クリエイティブについて学べる本は数多くあれど、花言葉とカンヌライオンズの入賞事例をつなげて論じる本は見たことがなかった。この本はLIONS GOOD NEWSという、カンヌライオンズの最新入賞事例から過去の名作までを深く掘り下げて分析している美しいWebサイトをもとに書籍化したものだ。
ChatGPT 4によれば、花言葉は19世紀頃には恋愛の駆け引きのために使われていたとのこと。バラは愛情、キキョウは誠実、など。すなわち花言葉は、花を介した人と人のコミュニケーションを分析するツールであったのだろう。とすれば、人と人のコミュニケーションアイデアを賞賛するカンヌライオンズにこれを使うのも面白い。
スマホ、ソーシャルメディア、メタバース、AIと、さまざまなテクノロジーの普及により、人々のコミュニケーションは大きく変わってしまったと言われる。短期的な視点では確かにそうだろう。情報の流通が変わり、情報の重みも変わり、普通の人のふとした言葉が一晩で万バズとなり、誰かの人生を変えてしまうこともある。新しいテクノロジーをうまく使い、コミュニケーション手法を近視眼的に設計して効率的な広告をつくることは、大して難しくないのかもしれない。
しかしこの本に書かれた事例ごとの歴史や文化的背景の深堀り、ブランドの長期的な戦略の解説、その社会的な反響の分析をよく読むと、人のコミュニケーションの本質は変わっておらず、今どきのトレンドだけから生まれたアイデアは長生きしないということも感じる。19世紀の花言葉に記された僕らの感情の根っこの部分は、AI時代の今でも変わらず生きている。
カンヌライオンズの審査は何度かやらせてもらったことはあるが、そこには短期的なトレンドの話は出てこない。つねに課題の本質、アイデアの本質、それが人やビジネスや社会にもたらす作用の本質について議論が進む。その審査結果を表面的になぞったものがトレンドと呼ばれる。この本も事例の表面的なトレンド分析ではなく、事例を通じてコミュニケーションの深さと広さを学べるところは、なんとなく審査の部屋と同じにおいがする。
佐々木康晴(ささき・やすはる)
電通グループ グローバル・チーフクリエーティブオフィサー/電通 統括執行役員
1995年電通入社。コピーライター、インタラクティブディレクター、電通アメリカECD、第4CRプランニング局長等を経て現職。テクノロジーとクリエイティビティのかけ合わせによる新価値創造を追求する。カンヌライオンズ金賞、D&ADイエローペンシル、One Show金賞、CLIOグランプリなど国内外の広告賞を数多く受賞。2019年カンヌCreative Data 部門審査委員長、2020年D&AD Digital部門審査委員長、2022年カンヌBrand Experience & Activation部門審査委員長、2023年Effie APAC Head of Jury。日本でいちばんヘタで過激なカヌーイスト集団「サラリーマン転覆隊」隊員。
『世界を変えたクリエイティブ 51のアイデアと戦略』
dentsu CRAFTPR Laboratory 著
本書はWEBサイト「LIONS GOOD NEWS 2023」に掲載したコンテンツをベースに、コミュニケーションの真理を9つに整理。それぞれの意味を表す花と花言葉に託し、カンヌライオンズの過去および最新事例とともに、コミュニケーション課題とその具体的な解決方法を紹介。また、本書で紹介した事例の日本語版字幕付き映像のQRコードも掲載しています。