「アドタイ・デイズ2024(春)」では、テーマを「Humanity 「人」と「思考」と「感性」-AI浸透時代のマーケティングとクリエイティブを考える-」と設定。テクノロジーの力でマーケティングが進化した時代、マーケター、プランナー、クリエイターに求められるクリエイティブとは?実務の世界のトップランナーとの議論を通じて、コミュニケーションビジネスにおけるクリエイティビティを再定義した。本記事では、「アドタイ・デイズ2024(春)」の中でも、注目のセッションをレポートする。
本稿では、累計で20万台を超える販売を記録しているサウンドファンの「ミライスピーカー」のマーケティング戦略について、同社取締役CMOの金子一貴氏が解説した講演をレポートする。
BtoBからBtoCへピボットするまでの道のり
本日は「ミライスピーカー」がこの縮小傾向にあるスピーカー市場においてシニアにどういったマーケティングを行なって売上を拡大してきたかをお話します。ミライスピーカーは、正面の曲面形状をしたスピーカーによってテレビの聞こえにくさを改善するテレビ用スピーカーです。現在、累計20万台を販売しており、右肩下がりのスピーカー市場において順調に成長しています。
本日のTopicは2つ。ひとつはBtoBからBtoCへのピボットです。当社は、ある出来事をきっかけにBtoCピボットした結果、約3年で数万台という規模にまで成長できました。その過程を、マーケティング戦略も含めてお話します。もうひとつはミライスピーカー×シニアマーケティングについて、ピボット後、どのようなマーケティングで売り上げを伸ばしたのか。3つのフェーズに分けてお話しします。
BtoB市場で苦労していたミライスピーカーは、テレビ番組で取り上げられたことをきっかけに、1000件以上の問い合せが寄せられ、その大半が「家庭のテレビの音量問題」を持つ個人のお客さまからでした。このことから聞こえの課題はパブリックスペースではなくて、個人の自宅で起こっているのではないかと考え、BtoCへのピボットがはじまりました。
ピボットを進めるにあたって「テレビの音量問題」を3Cで分析しました。まず、カスタマーという視点では、聞こえでお困りの方は約1400万人、テレビの聞こえにくさを感じている人はもっとたくさんいて、そこに満たされないニーズが存在しているのではないかという仮説が立ちました。
コンペティターの観点で思いつくのは補聴器です。しかし、補聴器は普及率が15%と非常に低く、大半の人は聞こえにくさを感じても何も対策はしていませんでした。もうひとつの競合、スピーカーは基本的に音質や臨場感を求められていて、言葉の聞き取りを改善するスピーカーは市場にはほとんど存在しませんでした。
カンパニーの観点では、当社は曲面サウンドという特許技術を持っていて、非常にユニークな独自の体験価値が提供できるコンテンツを持っていました。これらの分析から導き出されたのは、テレビの音量で(図957)悩んでいる人に対して「聞こえやすさ」という新しい評価軸を持ったスピーカーブランドを立ち上げ、早期に市場を作ることによってリーダーになれば、大きな売上をつくれるのではないかという仮説でした。
ただ、当時の製品は高価でサイズも大きく、家庭用にはベストなソリューションではありませんでしたが、それを活用する方法としてサブスクリプションサービスから出発しました。その理由は3つあります。
ひとつはもともとあった製品を有効活用できること。2つ目は、会員制なのでお客さまとの関係性を構築でき、商品開発のヒントを得ることです。3つ目は、例えば、マーケティングでどういう集客をすればいいのかという戦略面のトライができることです。結果的にお客さまとのコミュニケーションからBtoC市場での製品のあるべき姿を見つけ、2020年に家庭用の製品をローンチすることができました。
ピボットにあたってはマーケティングの重要な要素を全て見直しました。顧客は銀行や空港などの法人から、テレビの聞こえで悩む個人のお客さまに。製品も、法人向けの多機能な製品から、家庭向けにシンプルで小型に変更しました。価格も税込み29700円へ変更し、販売チャネルも代理店メインから直販のECをベースに、家電量販店やテレビ通販での展開に変えました。プロモーションでも企業に対して営業をかけるスタイルから、テレビCMとデジタルマーケティングを組み合わせたプロモーションへ転換しています。
ミライスピーカー、成功にいたる3つのフェーズとは?
ここからはミライスピーカーの成長を3つのフェーズに分けて解説します。
最初のフェーズはECとデジタルマーケティングでスタートしたことです。シニアがターゲットであるにもかかわらずECを選んだ理由は、弊社のようなスタートアップに店舗に取り扱ってもらうための営業体制を整えるのは人員的、予算的にも難しかったからです。もうひとつ、施策のPDCAが回しやすいこと。自社のECであれば自分たちの判断でどんどん変えられるので、戦略の精度を高めるのに非常に良い選択肢であると考えました。また、利用者本人に加えて40代や50代の家族もコミュニケーションターゲットに含まれるのであればECでもリーチできます。ここに返金保証を実施して、ECにおける購買のハードルを下げれば、ECでも勝負できるだろうと考えました。
広告予算も潤沢ではないスタートアップにとってデジタルマーケティングは小さくスタートしながら勝ち筋を作り、予算を上げていくためには良い選択肢です。約1年で媒体やLPの改善に高速でトライし、1カ月あたり数千台くらいまで伸ばすことができました。
プロモーションでのポイントをいくつか紹介します。ひとつは利用者ご本人が気に入っても家族が気に入らなければ購入に至らないので、家族の合意形成が重要だということ。次に実年齢よりも若いと思っているシニアの心理にしっかりと配慮することです。三つ目は「シニアはネットで物を買わない」というような固定観念に囚われないということです。
次はテレビCMによって大きく売り上げをスケールさせたフェーズです。コミュニケーションのタッチポイントとしては課題を感じている瞬間に情報提供することが一番いいタイミングだと言われています。ミライスピーカーはテレビを見ているときがまさに課題を感じているときなので、テレビは非常に親和性が高い。ただ、いきなり数億円をかけることは難しいのでまずは地方からスタートしました。テレビCMは敷居が高いと思われていますが地方だと数百万円でトライできます。PDCAは検索獲得単価を重要指標にして、さまざまなクリエイティブや番組をテストし、最適化してきました。
3番目がリアル店舗にまで展開することによりテレビCMの投下効率を上げ、ROASを向上させたフェーズです。お客さまとのコミュニケーションを通じて、購入前の体験が非常に重要であるということがわかったので、この1年くらいはリアル店舗での展開に力を入れてきました。商談をスタートする時点でテレビCMも流していたこともあり、1年間で約1000店舗まで拡大し、現在はEC、DtoCに比肩するほどに成長しました。
今年に入ってからはフェーズ4にあると考えています。聞こえ方に悩む方は世界では5億人いると言われていて、世界市場に打って出ることを考えて動き始めています。
最後に本日お伝えしたかったことをまとめます。それは、Who/What/Howの基本的なマーケティングのストラクチャーを適切な設定にすることが大事だということです。当社は曲面サウンドというユニークな技術をBtoBでは完全に生かすことができませんでした。これをBtoCにピボットし、Who/What/Howを見直したことによって大きく成長することができました。いかに技術の種が良かったとしても、適切なマーケットで適切なWho/What/Howを設定しないとスケールできないことの重要性を感じています。本日のお話を、皆さんのビジネスの中であらためてWho/What/Howが適切なのかどうかを見直すきっかけになれば、私としては非常に嬉しく思います。
【登壇者】
サウンドファン
取締役CMO
金子一貴氏
University of Wisconsin La Crosse校でMBA取得後、ニデックで、眼科医療機器の国際プロダクトマーケティング部にて、複数製品のマーケティングに従事。海外ドクターとの共同開発、製品戦略立案などを担当。2018年4月サウンドファンマーケティング部門立ち上げ、2020年1月執行役員、2021年12月取締役CMO就任。