6月21日に閉会した、カンヌライオンズ国際クリエイティビティフェスティバル2024。今年も電通 zeroのクリエーティブ・ディレクター 嶋野裕介さんが、要注目トピックを振り返ります。
【前篇】
カンヌライオンズ2024レポート【前篇】では、世界的に課題設定やアイデアのギミック、プレゼン手法などが似通って「ミーム化」してきたように思えること、そしてそんな世界中の人が似たようなものを見て企画する時代に、受賞した作品にユニークな3つのポイントを挙げ、1つ目「真似できない狂気(愛)でやりきる(Madness or Love)」を解説した。今回は、2つ目、3つ目について書いていく。
〈カンヌライオンズ2024 受賞作品の3つのポイント〉
- 1、真似できない狂気(愛)でやりきる(Madness or Love)
- 2、真似できない規模でやりきる(Execution)
- 3、「ブランドならでは」を見つけ、続ける(Branding)
2、真似できない規模でやりきる(Execution)
カンヌのほとんどの部門の審査において、「アイデア」の配点は20〜30%であり、実は「エグゼキューション(実行)」と同じ割合なことが多い。ミーム化して、誰でも思いつける時代からこそ、「先にやる」「でかくやる」「徹底的にやる」ことに価値が生まれる。
たとえば、Outdoor部門でゴールドを受賞した、ハンブルクマーケティング社による「The Bigger Draw」。
ハンブルクで開催されるサッカーUEFA欧州選手権の公式抽選会の注目を高めるために、港でコンテナを国に例えることで抽選会をでっかく可視化。世界中の多くのメディアの注目を集めることに成功した。
Outdoor部門でゴールド受賞。
また、ポテトチップスブランド「Lay’s」の「Lay’s Chip Cam」も要注目。「『映画にはポップコーン』というように、サッカーとLay’s を結び付けたい」という狙いで行ったライブマーケティング。サッカーのチャンピオンズリーグの試合中にベッカムとアンリ(世代的に懐かしい!)の二人が小芝居喧嘩をしたあとで、「Lay’s 持ってる人、俺たちと一緒にサッカー見ない?」とその場で観客を誘うことで、会場は大盛り上がり。
Media 部門でシルバーとブロンズ、Entertainment 部門でシルバー、Entertainment Lions for Sportでブロンズ受賞。
この手法は、お金も時間もかかる。でも、それこそが、インフルエンサーや個人の一発面白ネタが溢れるSNS上で企業コミュニケーションが彼らに負けないための王道かもしれない。「よくそこまでやったなぁ」は一番の褒め言葉だ。
3、「ブランドならでは」を見つけ・続ける(Branding)
3つ目の「『ブランドならでは』を見つけ・続ける(Branding)」はシンプルだ。自分にしかできない・やらないことを見つけるということ。ブランドならではの価値を発信し続けること。SNSや流行にそっぽを向いてでも、自分の世界を追求するということに近い。
今年Creative Marketer of the yearを受賞したユニリーバによるセミナー
今年のカンヌでCreative Marketer of the yearを受賞したユニリーバのセミナーの中では、20年以上にわたって続く取り組み「Real Beauty」の歴史と進化が語られた。
また2019年創業のLiquid DeathのCEOによるセミナーでは「マーケティングは簡単だ。ブランドの意義を機能以上のものにして消費者との深い結びつきをつくるためには、われわれのブランドはエンターテインメントであり続ける」と語られた。マーケティングが市場の声を聞くことだとしたら、ブランディングは自分の心の声を聞くことかもしれない。
カンヌ会場でのセッションに登壇する、Liquid Death のCEO Mike Cessarioさん。「Liquid Death」はミネラルウォーターや炭酸水をビール風の缶に入れた商品で、コンサートやフェス、バーなどで飲んでも馴染むことから火が付いた。セッションは大人気で、開始5分前の時点で満員御礼に。
そんなブランディングの理想の形かもしれない受賞作が、今年新設のLuxury & Lifestyle部門で初代グランプリを獲得した「LOEWE×SUNA FUJITA」だ。
世界的ファッションブランドであるロエベがコラボレーションパートナーとして選んだのは日本の陶芸作家ユニット「SUNA FUJITA」。彼らの描くモチーフやキャラクターがロエベのプロダクトに起用された。審査委員長のコメントで「クラフトマンシップと細部へのこだわり。スナ・フジタとのコラボは、ロエベの持ち味を如実に表している素晴らしい例」とあったように、陶芸としてのSUNA FUJITAの作品を、ロエベが得意な刺繍などのプロダクトでその魅力をさらに高めるというwin-winなクリエイションが評価された。
Luxury & Lifestyle部門グランプリ。
Luxury & Lifestyle部門で審査員を務めた田辺俊彦さん(つづく。)によると「グローバルラグジュアリーブランドが、ムラカミやクサマのような著名アーティストではなく、国際的に知名度が低くても素晴らしいローカルアーティストをコラボレーションの相手に選び、そのアートを尊重しながら美しいクリエイション/プロダクトに昇華した点が評価された。深くカルチャーに寄り添ったことで、満場一致でグランプリに選出された」そうだ。
そしてクラフト力でブランドらしさを築くのが上記だとすれば、「ある視点を持ったコミュニケーションを継続することでゆるぎないブランドをつくり出す」という手段もある。
たとえば、British Airwaysは昨年のOutdoor部門グランプリに続き、今年も同部門でゴールドを獲得した。
British Airways「Windows」、Outdoor部門でゴールド・シルバー受賞。ポスターだけでなくデジタルサイネージでも展開された。
飛行機の窓から外を覗く人たちの様子を、シンプルに表現した広告。昨年同様、旅をすること自体の価値を知的かつ控えめに表現。旅のシズルや旅行者のワクワク感が表れている。
また同じく旅行カテゴリーで、ドイツの鉄道会社 GERMAN RAILも近年良いコミュニケーションを連発している。2021年の「No Need To Fly」に続いて、今年は「More Reasons To Escape」というシリーズでFilm部門でシルバーを受賞。
両社とも旅の移動手段という差別化が難しい領域において、前者は旅する人のワクワク感、後者は仕事を離れて旅したくなる気持ちへの寄り添い、という自分たちのブランドの立ち位置をコミュニケーションの力によって確立しようとしている。
カンヌは何を学ぶ場なのか?
今年のカンヌを振り返ると、「ミーム化」のおかげで見やすかったように思う。それはつまらなかったというわけではない。むしろ「わかる」ことが楽しかった。
スポーツが世界中で共通のルールがあるからこそ、国を超えて感動できるように、今回のカンヌでは世界と日本の前提条件が近付いたからこそ、共感できた受賞作がたくさんあった。
自動車は人間より速いし、将棋はAIの方が強い。そんなことが分かり切っていても、人間同士が競うオリンピックや名人戦にワクワクするのは、人間が人間の限界を越えようとする姿に感動するからだと思う。
カンヌライオンズは「クリエイティビティの祭典」を謳っている。
創造力こそがAIに対する人間の最後の砦だとするならば、その挑戦や成功例をビジネスクリエイションやマーケティングなどさまざまなジャンルで教えてくれるカンヌライオンズは、現代最高の知的エンターテイメントであり、この業界で働く我々へのアンセムのように感じた。人間の可能性を信じられる場所のひとつとして、これからもカンヌライオンズは見ていくべき場だと思う。
以上で今年の個人的カンヌレポートは以上です。書くにあたって重要な視点を提供いただいた、(つづく。)の田辺俊彦さん、電通の志村和広さん、廣畑功志さん、千田智治さん、電通クリエーティブXの吉澤資子さんに感謝申し上げます。