22時間目:「とうし、って漢字で書いてください」たった10分で、投資の本質を教えてもらった電話での授業

2020年の秋。投資について、1本の電話がかかってきた。

その誘いに、乗ってしまったことで、僕の人生は若干変わってしまった。と書くと、未公開株買いませんかという勧誘の電話みたいだが、そうではなく。投資教育のプロジェクトを手伝ってもらえないか、という相談の電話だった。

声の主は、藤沢久美さん。現在の肩書きはNECグループの独立シンクタンク国際社会経済研究所の理事長。でありつつ、同時にいろいろな会社の社外取締役や相談役をされていたり、スポーツの団体の理事をされていたり(一時期はJリーグとか)、講演&著作も多数で、キャスターもされていたりと、一言では何者なのか本当に説明しづらいけれど、キャリアのスタートは「投資運用会社勤務 → 95年に日本初の投資信託評価会社を起業」と、元々は投資業界の方。

電話口の藤沢さん曰く。「三菱UFJ信託銀行のとある方が『20代が投資をしないとこの国の未来はヤバい』と、20代が投資について理解を深めるプロジェクトを始めようとされていて。ただし、1社だけじゃできないことをやりたいから、三井住友信託銀行、みずほ信託銀行、りそな銀行といった、同業他社、つまりライバルと一緒にコンソーシアムを立ち上げようとされています」

ちなみにこれは、新NISA開始はもちろんのこと、岸田総理がロンドンで「資産所得倍増プラン」について言及する前のこと。今はだいぶ投資界隈の風向きが違うけど、その頃はまだ全然事情が異なる頃のお話。

ふむふむ、なかなか熱い、と思って聞いていた、その次の言葉にさらに興味をそそられた。

「金融業界だけだと、今までと同じようなことになるから、そこに、住友林業とか東京ガスとか、異業種の“非金融業界”の会社も数社すでに誘っていて。

だって、どんな会社の企業活動も、投資だから」

なるほど、確かに。林業でいえば木を植えるのは投資だし、家を建てるのも投資。ファッションだって自分のイメージを作る上で投資だし、このコラムを読んでらっしゃる方の多数が広告業界やいろんな業界の宣伝部やマーケッターではないかと推測するが、広告だって投資だ。

投資をしてない20代のためのコンソーシアムなら、門外漢が入っていた方がわかりやすいものになるだろうし、狭く専門的にならずに幅を作ることもできるだろう。自分も勉強になりそうだ。何より、面白そう。

はい、やります。と言いたいところだけど、まだ気持ち的には半分不安で。

「僕も投資をやってなくはないけどあくまで『かじってるレベル』。なので、もう少し投資について知ってないとプロデュースできないなと。

つきましては、藤沢さん。今から10分で電話で投資の授業してください」

なんとなく、そう口をついて出た。短い方がより本質的になりやすいし、プロならエッセンスを短時間で伝えられる。そしたら、怯むことなくこんな声が返ってきた。

「じゃあ、いきますよ」

ここからの10分の電話での講義が、その後お手伝いするコンソーシアムの軸になる、そして僕のその後の人生にも絶対影響を及ぼすな、というまさに伝説の授業となる。

藤沢さんからの質問攻めの電話での授業、せっかくなので、一緒に考えつつ、読み進めてみてください。楽しいんで。

藤沢「まず、『とうし』って漢字で書いてください。書きました?」

倉成「はい」

「投資の『投』は意味わかりますよね。投げる。じゃあ、『資』ってなんですか?」

「え〜と、資源とか、資産とかの『資』?」

「まあ、大体合ってますが、正確には『資本』です。『資産』も近いんですけど、資産を生む元手が、資本です。」

「なるほど」

「では次の問題。資本って、具体的にはどんなものがありますか?」

「ああ、それは、あれですよね、お金、って言わせたいところだけど、時間とかマンパワーとかそういうのも含まれる、ですよね?(自信ありげ)」

「そうです、そうです。さらに言うと、スキルとか人脈とかエネルギーとか命とか、そういう資産を生むものは全部資本にあたります。最近だとデータとかも、資本になりますね。

『資』についてわかったところで。投資では、その資本を投げます。さて、どこに投げますか?」

「えーと…、それは、未来では?未来に投げます!」

「未来のどこに投げますか?」

「未来のどこ …(しばらく無言)降参です」

「それは、未来の『ある目的』です。自分が持っている資本を、いついつまでに、こうなりたいとか、こういう状態になって欲しいな、と思って、そこに向かって、今のうちに投げるのが投資です。

たとえば、半年後にTOEICで850点取りたい、としたら、まず英会話教室にお金を払う。そしてこれから半年の時間やエネルギーを、目的に向かって、半年間投じ続ける。

つまりね、人生すべて投資。みんないつもやってる活動なんですよ」

「なるほど。そういうことだったのか。」

なんともわかりやすい。でも僕の中で要望が一つ浮かんだ。

「藤沢さん。せっかくご一緒するなら、お金持ちになるためのコツみたいなものも知りたいんですけど。よく聞く、長期とか分散とか積立とか。そういうのも教えてくれませんか?」

「それもみんな人生で毎日やってるんですよ。たとえば、1日25品目以上食べる。これ、分散投資です。肉ばっかり食べるとか、同じ栄養ばっかり摂ってるとリスクがありますからね。

健康のために、運動を続ける。これは、長期積立ですね。三日坊主じゃ駄目で、長い間地道に続けると効果があるって、みんな知ってますよね。

だから、投資の基本である、長期、分散、積立についても、みんな人生でやってるんです。

私なんか、旦那に『ありがとう』って言える時はなるべく言う、『分散ありがとう』もやってます。『分散愛してる』もね」

これを聞いた時。あ、このプロジェクトできた、と思った。

今までの投資についての話の特徴は、すぐお金の話から入る。例えば、人生何歳までに結婚したいですか?家はどうしますか?子どもは何人?みたいなライフプランを描かせて、いつまでにいくら必要か、お金を算出するところから始まる。または、老後2000万円問題とかで、お金足りなくなるかもですよ、と恐怖訴求する。

でも、藤沢さんの話は違う。そもそも投資ってどういう活動なのか興味を持って理解してもらうために、みんなの人生や身近な生活と紐付ける。お金という有形の投資だけでなく、見えない無形の投資もあることを教えてくれる。むしろ、その無形の方から入る。

投資って、お金を増やすことだけじゃなくて、未来を変えるための活動なのか、とワクワクする。どうせなんか金融商品買わせたいんでしょう?みたいな思惑を感じない。飲み込みやすい、そして、本質的だから応用が効く。

こんな流れの投資の話、聞いたことないし、面白い。若者向けの投資啓蒙や教育が、今までうまく行ってないんだったら、変えなきゃ。こっちの方向へ。

というわけで、この20代にちゃんと機能する投資教育を探るプロジェクトをお手伝いし始めた。

金融業界の方とのプロジェクトは初めてて若干不安だったが、まあ藤沢さんがリードされるから大丈夫だろう。そう思っていたが、前出4社の方々を中心としたこのコンソーシアム運営チームは、何かを変えたい人たちの集まりだったから、堅苦しくなく、難しいことは何もなかった。

進め方は、初めはYouTubeで動画を、なんて考えだったみたいだけど、もっと生で小さく確実に実験していく方向に。2時間 × 月1回 、参加企業各社から20代を少人数ずつ出してもらい、20代のための新しくって機能する、理想の投資教育を提供する場を作り、3年間かけて改善し続けることに決定。

コンソーシアムの名前は参加型で決めていった。「みなさん忙しいと思うので、5分だけでいいんで、ネーミング考えて、メールで送ってください!」と運営側の金融会社全員から、メールで募集。50案以上集まった中から、「『投資』と書いちゃうとどうしても硬い、今までのイメージがついてしまう」ということで「104(=投資)」とダジャレ的な暗号案を採用。「104 consortium」に決定した。

ロゴも20代に作ってもらった方がいいなと、古巣の後輩、電通Bチームのチームメイト、一森加奈子さんを指名。「みんなでわいわい話しながら学ぶ感じですよね」と、104の「0」が吹き出しになったデザインを考えてくれた。

で、その肝心のコンソーシアムの内容。実はこのコラムと関係してくる。藤沢さんから電話で教えてもらった投資の本質的な考え方、いわば「投資思考」。これに、伝説の授業を多数採集してきた経験をブレンドして、投資のプロと試行錯誤して作ってみた。

2020年5月の初回の模様。初めはコロナ禍の中だったので、リモート開催からの出発だった。中央が藤沢久美さん。左が筆者。

3年間やって、毎年少しずつアレンジしたけれど、大枠こんな流れだ。

1回目は「みんな、投資どうしてる?~問いで始めるキックオフ」。参加者たちに、投資したことある?きっかけは?したことない人はなぜ?投資ってどんなイメージ?などなど、投資についての質問にみんなにスマホで答えてもらいつつ、発言者についでに自己紹介もしてもらって知り合う、という初回。

2回目は「日本一短くて熱い投資の凄い授業×3」。日本の第一級の投資のプロ3人に、各人たった15分の持ち時間で、投資の授業をしてもらうというもの。そう、これは、さっき書いた、10分の電話がベース。藤沢さんに加え、当時セゾン投信会長の中野晴啓さん(現なかのアセットマネジメント社長)やウェルスナビのCEO柴山和久さんなど毎年違う3人の講師陣で開催。こんなメンバーの投資の授業が短時間に一気に聞けてしまう、前代未聞の授業。

3回目は「人生は、すべて投資 〜あれがあったからこうなった」。登壇者に、自分がしてきた「無形」の投資のみについて話してもらう回。登壇者は、最近大学に通われている歌手相川七瀬さんや、世界一周旅行中(当時)のアナウンサー榎戸教子さんにアフリカから繋いでもらったり、Forbes JAPANの藤吉雅春編集長に若い時の失敗について話してもらったり。つまり、教育、旅、失敗の経験などの話を聞き、その無形の投資について、投資のプロが分析、解説。リターンは何か?リスクをどう考えているか?金融業界からするとそれはこういう手法ですね、などなど。これがまた面白い。

その後は、今の最新の社会課題を投資で解くとどうなる?という「〇〇問題ワークショップ」。金融投資についてのみ話す「お金についての投資スペシャル」。参加者に逆に先生になって教えてもらう回「20代のみなさん、教えて!いまの20代はどうなってる?」。参加企業の中で非金融企業(エネルギーや林業やファッションや広告や人材派遣やデータなど)の新規事業を投資の視点から発想してみる「もしも全てが投資ならどんなサービスがあり得る?」ワークショップ。そして、最終回はプレゼンで、テーマは「20代の、20代による、20代のための投資を促す方法」または前出の「もしも全てが投資なら、こんな新サービスがあり得る!」からの2択。プレゼンされた案は、各参加企業に持ち帰って実現することも視野に入れて終了。

写真は3年目の参加メンバー。金融業界からは前出の4社+4社。非金融業界からも毎年複数社が参画。このコンソーシアムに若手を参加させること自体が、各社にとってまさに投資活動だったと思う。

駆け足での説明で恐縮だけど、ざっくりこんな1年間。そしてこれを改善しながら3年繰り返し、2024年3月末に、一旦予定を満了した。

これからは各社が、それぞれの形で、投資の啓発活動をしていくということになるけれど、この104consortiumの実験で得たエッセンスを、盛り込みながらやっていこう、ということで、最後に、みんなで共通して使える冊子を作成。冒頭で、まくらとして使えるように、5ミリにも満たない薄さ。けれど、この3年間を圧縮したもの。薄いけれど濃い(はず)。

表紙の吹き出し「10の質問に答えてわかる」を読んで見てもらえばわかる通り、これも藤沢さんの電話がベースに。もちろん3年間のコンソーシアムでの成果をプラスして。ちなみに、このPDF版は、104consortiumのFacebook(2024年5月8日の投稿)からダウンロードできます。

以上が、1本の伝説の電話から始まった、新しい投資教育の物語。

藤沢さんがいう通り、「人生はすべて投資」。今回の原稿もある意味、投資だったわけで。

別に誰に頼まれたわけではないけど、これは皆さんに知ってもらうといいんじゃないかと思う情報を、時間とエネルギーという、無形の資本を使って書いた。それを受け取ったアドバタイムズの方々が、編集力や媒体などを使って、データという形の資本として世の中に投げてくれた。

今回も、未来がより良く、面白くなるという目的に向かって、投げたつもり。

みなさんはこれから、どんな投資をしていきますか?どんな未来に向かって、どんなものを投げておきます?

書籍 『地域の課題を解決するクリエイティブディレクション術』

カテゴリーと歴史を超えて採集した「人生を変える学び」20選
『好奇心とクリエイティビティを引き出す 伝説の授業採集』
倉成英俊 著/定価2,090円(本体価格1900円+税)

海外の有名大学でも学ぶことができない、面白くて、為になり、一生忘れない「授業」の数々。自称「伝説の授業ハンター」の著者の約10年近いリサーチの中から、時代・国・カテゴリーを超えて採集した20の授業を厳選、収録。頭の中で凝り固まった「思考バイアス」がほぐされ、誰でも好奇心をくすぐられること間違いなし。

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倉成英俊 (Creative Project Base 代表取締役/ アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所長)
倉成英俊 (Creative Project Base 代表取締役/ アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所長)

2000年電通入社、クリエーティブ局配属後、多数の広告を制作。2005年に電通のCSR活動「広告小学校」設立に関わった頃から教育に携わり、数々の学校で講師を務めながら好奇心と発想力を育む「変な宿題」を構想する。2014年、電通社員の“B面”を生かしたオルタナティブアプローチを行う社内組織「電通Bチーム」を設立。2015年に教育事業として「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」を10人の社員と開始。以後、独自プログラムで100以上の授業や企業研修を実施。2020年「変な宿題」がグッドデザイン賞、肥前の藩校を復活させた「弘道館2」がキッズデザイン賞を受賞。

倉成英俊 (Creative Project Base 代表取締役/ アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所所長)

2000年電通入社、クリエーティブ局配属後、多数の広告を制作。2005年に電通のCSR活動「広告小学校」設立に関わった頃から教育に携わり、数々の学校で講師を務めながら好奇心と発想力を育む「変な宿題」を構想する。2014年、電通社員の“B面”を生かしたオルタナティブアプローチを行う社内組織「電通Bチーム」を設立。2015年に教育事業として「アクティブラーニングこんなのどうだろう研究所」を10人の社員と開始。以後、独自プログラムで100以上の授業や企業研修を実施。2020年「変な宿題」がグッドデザイン賞、肥前の藩校を復活させた「弘道館2」がキッズデザイン賞を受賞。

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