キャベツの需要・供給を連携させて社会課題の解決へ 電通・JA嬬恋村・JAXAの挑戦

群馬県嬬恋村のキャベツ畑(写真=アフロ)

衛星データを使ってキャベツの供給量を予測する

人工衛星から得られるデータを基に、キャベツの生育状況を観測し供給量を予測。その結果に合わせてリアルタイムでテレビCMの出稿量を調整、需要を創出することで、需給最適化を図る――電通、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が2022年より進めていたこの取り組みに、2024年4月よりJA嬬恋村が参画し、共同実証を開始した。

「宇宙」と「畑」と「CM」。一見、関係のない3つを結び付け、社会課題の解決へと挑むこの取り組みのはじまりは、ある調味料メーカーからの相談だった。キャベツの価格に合わせて、テレビCMを増減させられないか――。キャベツの販売価格が下がると、調味料がより売れるということが、購買データからわかっていた。

「野菜の価格が予測できて、直前でCMの組み換えができればクライアントのニーズを満たせます。2016年ごろから独自に開発を進めていたAI(人工知能)技術を活用した視聴率予測システムと合わせれば、より効果の高いアプローチが可能になります」(電通の岸本渉氏)

写真 人物 電通の岸本渉氏(※2024年6月時点)

電通の岸本渉氏(※2024年6月時点)

最初は天候データと過去の出荷量に目をつけたが、それだけでは予測精度に限界があった。その後、人工衛星データで畑の状況を直接的に可視化できることを知り、衛星データの民間利用を進めていたJAXAと連携して、2022年キャベツの収穫時期の予測を開始した。

「予測したデータと実際の生育がどれくらいの精度で一致するか。検証するには、農地における現地調査が必要となります。キャベツといえば、嬬恋村です。シェアが大きいからこそ、インパクトも大きい。嬬恋村をフィールドとするのが最善の道と考え、JA嬬恋村に連絡を取り、岸本さんと訪問して、ご説明しました」(JAXAの高橋陪夫氏)

「そういうお話を待っていた」。これがJA嬬恋村からの返答だった。
その背景には、日本のキャベツ流通シェア1位である嬬恋村だからこその課題があったのだ。

キャベツの廃棄量を減らしたい。生産者の課題

「キャベツの生育状況を精緻に把握することは、積年の課題でした」(JA嬬恋村の熊川基彦氏)

キャベツの計画的な作付け、平準出荷の取り組みを行っている中で、生育状況や天候等の影響により、どうしても廃棄が出てしまう。廃棄になる主な理由のひとつは、価格調整。出荷量が多くなれば通常、市場価格は下がる。出荷するたびに逆ザヤとなってしまうので、流通させたくてもできないというケースだ。もうひとつは、流通上の規格を外れてしまうこと。出荷量が多い時期には、収穫しきれず育ち過ぎてしまう。市場で取引できないため、廃棄となってしまう。

「農家のみなさんが苦労して育てたものを廃棄するというのはとてもつらいものです。ある程度でも収穫の予測が立てば、市場に向けてうまく販売していけるのですが」(熊川氏)

キャベツの収穫量予測は、なぜ難しいのか。キャベツはタネを植えてから、およそ90日目で、ふだん見慣れた球状になり、100日目に収穫できるようになるというのが、基本だ。
「ですが、気温や雨などの天候の影響を大きく受けます。暖かければそれだけ生育は早まります。また、タネから育てた苗を畑に植える(定植)タイミングは圃場によってバラバラなので、定植進度や収穫までの日数を嬬恋村全域で把握するのは不可能に近いんです」(熊川氏)

写真 人物 JA嬬恋村の熊川基彦氏

JA嬬恋村の熊川基彦氏

キャベツ自体が計画的な生産が容易ではない野菜なのだ。これまでも、生育状況を把握するためにドローン(無人航空機)などを導入してきた。しかし、ドローンが適しているのは、農地ひと区切りずつ=一筆ごとの農地の状況を把握することで、嬬恋村全域の生育状況を見ることが難しい。

「嬬恋村のキャベツ農地の合計面積は2800ヘクタール(28平方キロメートル)あり、一筆ずつ数えれば、何千〜何万となります。見渡しても見渡せないくらいで、ドローンだけでは調べようもありませんでした。衛星であれば、面積の把握もできますし、広域的にデータを得ることができます」(熊川氏)

JA嬬恋村の協力により、電通とJAXAは2023年に現地調査を実施した。衛星データの解析結果と現地の詳細な生育状況を併せて見ることにより予測の精度を高めることに成功、今回のJA嬬恋村参画の契機になったのだ。

イメージ 定植からの経過日数map

需要喚起を同時に行うことが肝要

衛星データによる生育状況の把握と供給率の調整は、廃棄ロスの低減だけでなく、価格の安定化、それに伴う生産者の収入安定にもつながる。

「どうすれば最適な出荷ができるか。『キャベツ』といっても品種による違いもあります。そうした違いも含めて量やタイミングを農協側がデータ化できれば、出荷を安定的にし、価格の上振れ、下振れをもう少し平らにしていけると考えています」(熊川氏)

一方で、供給率の調整だけでは限界があり、需要喚起とあわせていくことが必要だと熊川氏は語る。

「供給段階で廃棄数を下げても、店頭に並んだ時に生活者からのニーズがなければ、結局は食品ロスにつながります。そういう意味でも、今回の取り組みには、大きな可能性を感じています」(熊川氏)

生活者の需要をより高めていくために、テレビCMだけでなく、今後の実証ではスーパーセンター事業を手掛ける「トライアル」も参画する。この取り組みは生産者だけでなく、流通の課題解決にも繋がると語るのは電通の丸山裕史氏だ。

「例えば、チラシの発注は通常は約1か月前です。仮に一玉98円で出して、実際それより価格が上がれば赤字になってしまうし、費用をかけてチラシを出した意味も無くなります。そういった利益逸失を防ぐお手伝いができる可能性があります。逆に、供給量があがるタイミングがわかれば、調味料とのクロスMD(店頭にて関連商品を並べることで購入を促すマーケティング手法)など、より生活者が手に取りやすい店頭づくりをサポートできるかもしれません」(電通の丸山氏)

写真 人物 電通の丸山裕史氏

電通の丸山裕史氏

衛星データの技術活用の進展にも寄与

キャベツの生育状況を把握するためには、人工衛星で取得できる光学データを活用する。
「植物の同定をする際には、いわゆる光の三原色でフィルタリングするだけでなく、近赤外線も使用して、4波長で、解析します。光学衛星は、雲の発生が少ない時間帯、午前10時ごろに取得することが多いです。特にキャベツは露地野菜なので、土の部分からの反射光と葉っぱの部分からの反射光の割合の変化で、どれくらいの生育状況なのかがわかる、というのが大まかな仕組みとなります」(高橋氏)

写真 人物 JAXAの高橋陪夫氏

JAXAの高橋陪夫氏

JAXAとしては、今回の事業の実証によって、地球の表面の反射特性を捉える合成開口レーダー(SAR)衛星データと、光学衛星データを統合した解析技術の開発や、キャベツ以外の農作物などへの応用についても研究を進める考えもある。

「例えばこれまでも、衛星データを使った供給量の予測は、水産業でも行われています。カツオやマグロでは、漁獲適地を衛星データから探っています。いわゆる魚群探知機で探す前に、海面の温度などを見て、魚がどこにいるか、という予測を実際にやっています。一次産業の収入の安定は大きな社会課題です。今ある技術やデータを使って出来ることに挑戦していきたいと思います」(高橋氏)

生活者へのバリュー還元

「実際に、キャベツ以外にもレタスや大根など、さまざまなクライアントのニーズが出てきています。ただ忘れてはいけないのは、生活者志向で進めるべき、という点です」と岸本氏は話す。

「価格が安い、すなわち流通量が多くなっているときの野菜というのは、実は質がよいのです。つまり、旬だからですね。そうした野菜を廃棄しないといけないというのは、本当にもったいない。農家の方が精魂込めてつくったおいしい野菜が、食べたい時に店頭に並んでいて、日々の食卓で楽しむことができる。最終的なバリューがきちんと生活者に届くようにしたいと考えています」(岸本氏)

「生産から生活者までをデータやシステムを使ってひと繋ぎに連携させていくこのエコシステムは、これまでにない取り組みです。最も重要なのは『みんなのために何ができるか』という視点です。難しいと思っていた連携も進み、さまざまなデータや技術を生活者のバリューに還元できる可能性がみえてきました。今回の取り組みをフラッグシップに、需給連携という枠組みを拡大していきたいですね」(丸山氏)

衛星データをつかってキャベツの供給量と価格を予測し、リアルタイムにテレビCMの出稿量を調整、店頭とも連携して需要を高める――10年前には出来なかったことが、データや技術を駆使した動的なマーケティング基盤により可能になり、社会課題解決へとつながっているのだ。

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