31年ぶりの貿易赤字、TPPでどうなる?日本の食文化 「食文化」のなかに宿る 生きる知恵の再発見(1)

31年ぶりの貿易赤字。TPPでどうなる?日本の食と農業

2011年のAPEC、TPPサミットに集合した各国の首脳。加盟が予想されるのは原加盟国のシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドのほか、アメリカ、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、ペルー、日本。

2011年、日本は31年ぶりに年間の貿易収支(輸出額から輸入額を引いたもの)が赤字となる見通しだ。東日本大震災で工場が壊れて自動車や家電の製造が減ったことや、円高で輸出が減ったこと、原油価格の高止まりなどが影響した。

12月21日に発表された財務省の貿易統計(速報)によると、11月は輸出額が前年同月比4.5%減の5兆1977億円となり、2カ月連続で前年を下回り、6847億円の貿易赤字。1月~11月までの合計では2兆2831億円の貿易赤字となっている。

日本政府がGDP比200%以上の財政赤字を抱えていても日本国債の金利が低く抑えられ、信用不安に陥ることもないのは、経常収支が黒字であるからとされてきた。個人に置き換えて考えれば、定期的に安定した収入がある人は、完済の見込みが高いので年収の何倍ものローンを組むことができるというわけだ。

しかし、このまま貿易赤字が構造化するとなれば、これまでの考え方は通用しなくなる。これに加えてTPPで諸外国から安価な製品が輸入されるようになれば、デフレスパイラルが深刻化するのではないか。なかでも、東日本大震災による原発事故の影響で、国内外で大きなダメージを受けた「食」には大きな関心が寄せられている―。

食料自給率が39%(2010年、カロリーベース)と、低い水準にあるなかで、TPPがスタートすれば、これは10%台にまで落ちこむとの予測もある。高齢化や過疎化の問題を抱えるなか、日本の農業が生き残っていくためには何が必要なのか、そのヒントを探る試みのひとつとして、食の総合プロデューサーとして活躍する金丸弘美氏と庄内映画村を拠点に映画による地域活性化を主導してきた宇生雅明氏の対談が実現した。

※日本の食と農業の課題を考えるべく、3回にわたり、『人間会議』2011年冬号 特集「地産地消へ草の根の改革」に掲載した対談を加筆修正してお届けする。

どんな地域にも元気の素となる「食文化」がある

対談
金丸弘美(食環境ジャーナリスト、食総合プロデューサー)
宇生雅明(庄内映画村株式会社 代表取締役)

「食」の専門家として活動する金丸氏と「映像」の専門家として活動する宇生氏だが、金丸氏は食文化の発展のために映画・映像に関心を寄せ、宇生氏は「食文化」を伝える映画の制作に取り組んでいる。 photo by nobuyuki aoki

宇生雅明(うじょう・まさあき) 庄内映画村株式会社 代表取締役。
1951年長野県長野市生まれ。1981年から切り絵作家として活動、雑誌の表紙・グラビアを飾る。1985年東京でIT企業「ベター・ビジュアル・システムズ」を設立。2001年に映画『蝉しぐれ』のシナリオを持ち、初めて庄内に入る。2002年に『蝉しぐれ』映画化。2005年に鶴岡市の松ヶ岡開墾場に『蝉しぐれ』資料館を設立。2006年に庄内映画村を設立。その後『ジャンゴ』『ICHI』『おくりびと』『山桜』『山形スクリーム』『スノープリンス』『座頭市-THE LAST-』『十三人の刺客』『必死剣鳥刺し』をプロデュース。2009年10月から『庄内映画村オープンセット』を一般公開。庄内、東京、山梨を行き来しながら、映画と地域の活性化にまい進する。総務省「地域人材ネット」アドバイザーでもある。 photo by nobuyuki aoki

金丸弘美(かなまる・ひろみ) 食環境ジャーナリスト、食総合プロデューサー。1952年佐賀県唐津市生まれ。「食からの地域再生」「食育と味覚ワークショップ」「地域デザイン」をテーマに全国の地域活動のコーディネート、アドバイス事業、取材および執筆を行う。また各行政機関と連携した食からの地域創り、特産品のプロモーション、食育事業のアドバイザーとして活動。食のテキストづくりから行うワークショップが好評。2008年から総務省「地域力創造アドバイザー」、農林水産省「ブランド化支援事業プロデューサー」を、2009年から内閣官房「地域活性化応援隊地域活性化伝道師」。『地域ブランドを引き出す力 トータルマネジメントが田舎を変える!』(合同出版、2011年)『「地元」の力 地域力創造 7つの法則』(NTT出版 2010年)など著書多数。 photo by nobuyuki aoki

―金丸さんは日本各地の食資源を発掘し、特産品や地域活性化につながる活動に関わっていらっしゃいます。金丸さんのセミナーは各地で大盛況とのことですが、その特徴をご紹介いただけますか。

金丸 町おこしに成功しているところへ自治体で視察研修に出かける場合、事前にミーティングをして、「一人20の質問を考えてきてください」とお願いしています。なんとなく2~3時間みてまわるような視察で、成功したところのうわべだけをみても得られることが少ないので、必ず自分で質問して何かを得て帰ってもらうようにしています。

直近では高知県の食文化の掘り起こしと地域活性化に取組んでいるので、それを元に説明します。高知県では「地産外消」を掲げ外に打って出ると同時に県内の人材育成をしています。公募で参加した農業関係者や行政関係者とともに、一泊二日の合宿で成功事例をみっちり学んでもらいます。そこで学んだことを元に事業計画書を作り、県の補助金申請書も出してもらって、将来事業化できるところまで徹底してやります。

視察先は「四万十ドラマ」とか、長崎県の「おおむら夢ファーム シュシュ」など、各地で活気のある注目の場を訪れます。1年目は視察研修、そして実際に小さくとも実践をしてもらう、2年目は実際に地元の一次産品を使って新しいメニューを考えて事業計画まで、リクエストのあったところは具体的な改善点と手法をアドバイスまで行います。

まず、視察に行く前に一度参加者に集まってもらって、私の方からは各地の成功事例を、また合宿先の代表に具体的な取組をセミナーで紹介してもらいます。そこで参加者に、合宿までに「一人20問の質問を考えてください」と課題を出すと、ふだん取材などしたことがない農家や加工場の人たちですから、「20問も何を質問すればいいのかわからん」と、困惑されます。

―いきなり難関ですね。どうやって質問を引き出していくのですか。

金丸 最初はしり込みしている人たちも、こちらがちょっと呼び水を差し向ければ、どんどん質問が出てきます。たとえば、先日、「おおむら夢ファーム シュシュ」を訪れたときのことです。ここは、120人ほどの小さな農家が集まってやっている農産物直売所です。敷地面積わずか60坪で、年間約6億5000万円の売上げがあります。ただ買い物したり食べたりして終わりのよくある直売所とは違って、レストラン、体験教室、ジェラート売り場、農園で果物のもぎ取り、農家民泊と、さまざまなメニューを取りそろえています。また、農家民泊のなかには鍛冶屋さんがあり、本場の鍛冶打ちを見て、その場で包丁を選んで買えます。さらに地元のケーブルテレビと連携して四季折々の情報を流しています。

こういうさまざま創意工夫を地元の人が中心になってやって、年間50万人が訪れるまでになっています。研修では、「じゃあこれを高知でやるにはどうしたらいいか」という問いかけを元に進めます。

「仕入れ値はいくらで値段はいくらで何個売れば利益が出るのか」「品切れを出さないように配送はどうしているのか」「ただ野菜を並べても売れるのか」「どんなPOPをつくればいいのか」「どうやっておいしく調理する方法を説明するのか」「体験料理教室をする場合、準備はどうやって値段はいくらにすればいいか」「料理教室の告知はどうするのか」などなど、実際に自分たちでやってみるということを考えると、どんどん疑問がわいてくるはずです。

―メニューの開発や事業化の段階ではどうなるのでしょうか。

金丸 合宿は、販売、レストラン、料理教室など、グループに分かれて行います。グループごとに一人ひとりが質問をしてわかったことを全部メモして持ち寄って、自分たちの事業には何が必要かなどについて話合ってまとめるところまで行います。

2年めには実際にオリジナルメニューを開発し、事業化計画をつくっていきます。高知県の2年めのグループは料理家の馬場香織さんの指導のもと地域の産物を使った37品目のオリジナルメニューを開発し、先日試食会を行いました。いままで雑魚扱いだった魚も、トマトやオリーブなどとともに白ワインと水で煮込みイタリア料理のアクアパッツアになるなど大好評でした。

ほかにも、面白かったのは、昨年の飛騨高山でのワークショップです。地元の野菜、宿儺(すぐな)かぼちゃを使った地元のホテル、フレンチ、イタリアンなど料理家とのコラボレーションを提案しました。「飛騨高山でイタリアン?」と違和感を覚える方もいるかもしれませんが、実は飛騨高山を訪れる年間約400万人の観光客のうち3割は外国人です。そこで、国際色豊かなコラボレーションをしてみようと考えたわけです。

もちろん、最初は自治体や地元の方からも怪訝な顔をされましたが、実際やってみると多彩な料理と地域連携がうまれて、地元で一気にカボチャの知名度がアップしました。料理家の馬場香織さんにお願いして、地元の女性40名ほどに参加してもらっての料理会も開催しました。最初は訝しげな様子だった地元のお母さんたちも乗ってきて、最終的に50品目のかぼちゃ料理ができて、お父さんたちも「え~!うちの母ちゃんたちはこんなに料理うまかったのか」と、大いに盛り上がりました。

茨城県常陸太田市で蕎麦打ちをしている80歳の女性と、パスタを作る東京・代官山のイタリアン・レストランのシェフによる競演なども企画しました。最初、80歳の女性からは「もう体がきかないから無理だ」と断られたのですが、「秘伝の味を伝えたい」と粘り強く訴え、「そんなに言うなら仕方がない」ということでやってくれることになりました。そうしたら、足腰もおぼつかなかったおばあちゃんがしゃきしゃき動いて蕎麦を打ちはじめ、すっかり元気になってしまいました。

「31年ぶりの貿易赤字、TPPでどうなる?日本の食文化 「食文化」のなかに宿る 生きる知恵の再発見(2)」へ続く

『人間会議』2011年冬号 特集「地産地消へ草の根の改革」より加筆修正しています。

人間会議2011年冬号
『人間会議2011年冬号』
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