八木保さんのデザインに「本能が騒ぐ瞬間」(粟辻美早)

月刊『ブレーン』の人気連載「デザインの見方」が、『WHAT IS DESIGN? デザインの見方 ~トップクリエイター50人の視点と原点~』として書籍化しました。ここでは書籍に登場するデザイナーの方々が、読みドコロを紹介。今回はグラフィックデザイナー 粟辻美早さんが、木住野彰吾さんの“見方”を紹介します。

日常をインスピレーションの源に

本能が騒ぐ瞬間、それは後の人生に思いがけない影響をもたらすことがあります。人は時に無意識に心の奥深くで何かに惹かれ、それが予期せぬ人生の転機となるのです。だからこそ、その一瞬を見逃さない心と目を持つことが非常に大切です。

デザイン事務所に入社したばかりの若かりし木住野彰吾さん(グラフィックデザイナー)も、まさにそんな瞬間を経験されています。ロゴデザインの上達を目指して、木住野さんはひたすら自己流で練習を重ね、国内外の優れたロゴを手本に模写を続けていました。その中で出会ったのが、ファッションブランド「INDIVI」のロゴ。

ファッションブランド「INDIVI」のロゴ

ワールド/INDIVI(1996)
○AD+D/八木保

彼はその瞬間を、とても印象深い言葉にしています。「ほんの少しだけ文字を変えただけなのに、鮮烈な印象を与え、働く女性をターゲットにしたブランドの世界観を端的に表していると思います。それは、当時の僕には思いもよらない『発明』でした。見れば見るほど無駄がなく切れがいい。無条件に本能が『いいデザイン』と騒ぐ。」

このロゴを手がけたのは、アートディレクターの八木保さんです。私も、実は彼の作品に本能が騒いだ経験を持つひとりです。美大生だった頃、八木さんのエスプリでの仕事に強く惹かれ、それがきっかけで留学を決意しました。

特に『ESPRIT GRAPHIC WORK 1984-1986』は、心に深く刻まれた一冊です。(この本については、影響を受けた作品として私が登場する本書の記事でご紹介しています)。運命はさらに動き、卒業後にはサンフランシスコのYAGI DESIGNで働く機会も得ました。

書影 『ESPRIT'S GRAPHIC WORK 1984-1986』

『ESPRIT’S GRAPHIC WORK 1984-1986』(ESPRIT、1987)。

八木さんの生活は、すべてがデザインにつながっているようでした。日常の一つひとつが、彼にとってデザインのインスピレーションの源となっていました。私がスタッフ時代に彼からかけられた言葉が、今も心に残っています。

「いつも同じ時間に起き、同じ道を通り、同じ食事をし、同じ人に会って同じ会話をしていないか?」と。

そしてさらに、「生活が同じことの繰り返しでは、新しい発想は生まれない。デザインに携わるなら、まずは自分の生活を大切にしなさい」。このシンプルな言葉から、多くのことを考えさせられ、デザインの道を歩むための基本として、今でも自分に問いかけている大切なメッセージです。

あの本能が騒いだ瞬間から、気がつけば30年の歳月が過ぎました。

木住野さんにとっても「INDIVI」のロゴとの出会いは、彼のデザインの道を照らし続け、その瞬間に生まれた情熱は、今も彼の中で静かに息づいているのかもしれません。

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粟辻美早(あわつじ・みさ)

グラフィックデザイナー

多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業。CRANBROOK ACADEMYOF ART デザイン科修了。VIデザイン、パッケージ、エディトリアルなどグラフィックを中心に、サイン、空間計画まで幅広く手掛ける。女子美術大学教授。

【発売中】

『WHAT IS DESIGN? デザインの見方 ~トップクリエイター50人の視点と原点~』

○登場者:浅葉球/粟辻美早/池澤樹/石井原/居山浩二/色部義昭/上西祐理/えぐちりか/大島依提亜/大島慶一郎/大塚いちお/岡崎智弘/柿木原政広/金井理明/河合雄流/木住野彰悟/北川一成/木村浩康/河野智/小杉幸一/佐々木俊/佐藤夏生/シマダタモツ/清水恵介/関戸貴美子/立花文穂/田中元/田中せり/田中千絵/田中良治/田部井美奈/丹野英之/戸田宏一郎/中野豪雄/中村至男/西岡ペンシル/西川圭/西田剛史/庭野広祐/野間真吾/浜辺明弘/菱川勢一/平野篤史/藤田重信/松田行正/三澤遥/八木義博/矢後直規/山田和寛/YOSHIROTTEN
○発行元:宣伝会議
○編集:月刊『ブレーン』編集部
○定価:2,200円(本体2,000円+税)

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