地上波でのプログラマティック取引を実現
「アドリーチマックス」は、テレビ広告の未来をどう変えるのか?
デジタルからテレビをはじめとするマスメディア、さらには店頭行動までがデータで一本につながるようになったことで、メディア投資戦略にイノベーションを起こすような新たな取り組みが始まっています。本連載では、企業・メディア・広告会社に多面的な取材を行う中で、マーケティング・コミュニケーションの未来を探っていきます。今回は、日本テレビ放送網のアドリーチマックス部の松本学氏と柳田貴裕氏、博報堂DYメディアパートナーズの松岡靖士氏と内藤匠哉氏を迎え、テレビ広告の新たな価値創造について話を聞きます。
地上波テレビを使いやすく新たなプラットフォームを開発
━━日本テレビは2023年6月に、広告営業を担う営業局内に、「アドリーチマックス(AdRM)部」を新設しています。部門新設の経緯と狙いを聞かせてください。
松本:AdRM部は2023年6月に発足しましたが、そこからさかのぼること、2年ほど前から、地上波放送における広告取引やオペレーション業務を高度化・効率化させる取り組みを続けていました。その取り組みの結果、生まれた構想を「アドリーチマックス」と命名し、その実装を担う部門が新設されるに至っています。
具体的には地上波広告でリアルタイムでのプログラマティック取引を実現するアドプラットフォームをローンチし、2024年度末から、このプラットフォームを活用した各種サービスの提供を開始する予定です。
AdRMのプラットフォームを活用することで、大きくは次の3つが実現します。その3つとは、①インプレッションベースの発注、②地上波×インターネット統合在庫セールス、③地上波広告におけるオークション型の取引です。
テレビ広告の商品といえば、これまでは「タイム」と「スポット」の大きくは2種類で、なおかつ、ある意味で完成されたとも言える広告取引の形が何十年と続いてきました。しかしデジタル広告市場が伸長し、広告主の方たちから、テレビ広告もデジタル広告のように、取引の柔軟性を高めて、より使いやすくなってほしいという期待の声が高まっていました。これは特にデジタル動画広告の登場でテレビ広告が相対的に扱いにくいものになってしまっていることに原因があると考えています。
そこで私たちは、テレビ広告をテクノロジーの力で再設計し、マーケティング活動に資する使いやすい広告メディアへと一気に進化させることを目指してきました。まずは、最も影響の大きい地上波領域の改革を手がけていますが、配信の領域など、最終的には放送局が手がけるコンテンツに紐づく広告は全て、対象にしていきたいと思っています。
━━AdRM部の体制について教えてください。
松本:AdRM部内の専任担当者は私を含めて6名と、営業局内外の兼務メンバーが8名。さらに営業局内ではAdRMに携わりたいと公募で集まったメンバーが19名。合計33名でプロジェクトを進めています。さらにエンジニアが集まるDX推進局が内製開発を担っていて、9名の社員エンジニアと数社のテックパートナーが開発を推進しています。
━━広告メディアとしてのテレビの使いやすさを、高めることがAdRM構想の目指すものと聞きました。現時点で、テレビの広告ビジネスにおける課題を改めてお聞かせください。
松本:テレビ広告のビジネスは商流としては完成しています。それがゆえに、デジタル広告に比べると柔軟性やスピード感が欠けている点が課題です。
またテレビ広告の価値の証明がまだ十分にできていないことも課題のひとつ。広告主や広告会社の皆さんが抱いている不便さや要望を解決していくようなサービスを、私たち自身が提供していく必要があると考えていました。そうした中で、私たちはAdRMのプラットフォームに関連して、「スグリー」というサービスも開発しました。「スグリー」は、AdRMのセールスサイトと言えるもので、このサイトがAdRMのフロントエンドを担います。
「スグリー」はテレビ広告のリアルタイム発注がオンラインで完結するセールスサイトを目指しており、広告クリエイティブのアップロード、アロケーション、実績確認、レポーティングなどがひとつのセールスサイト内で完結できるようになる予定です。今年の12月にはサイトをプレオープンし、アカウント登録を開始します。「スグリ―」を開発した目的は、テレビ広告を使っていただく企業の参入障壁を下げること。初めて出稿する方にも、いま活用いただいている方にも、より便利に使っていただきたいと考えています。
私たち放送局としては、この先も良質なコンテンツを提供するエコシステムを維持・拡大していく必要があります。そのためには、コアビジネスである放送事業と融合したイノベーションを起こし、コンテンツと広告の価値を最大化し続けることが大切。また、その実現は健全な言論空間の提供にもつながるのではないかと考えています。
柳田:現状、広告主の方々はテレビCMに対して、出稿費用が高そう、放送までのリードタイムや効果測定が不十分そうなどのマイナスイメージを持たれていることもあるかと思います。効果測定ができなければ費用は割高に感じますし、その価値証明を経営層に説明することも難しいとなると、「扱いにくい広告媒体」となってしまいます。目的やフェーズに応じて様々なKPIを追求する広告主にとって、テレビCMはデジタル広告と比較すると選ばれにくいものになっているのです。
そうした中では、リアルタイムな効果測定と分析で次のアクションをすぐに検討できるよう、放送局側からもサポートしていくことが、今後、必要になってきます。そして、その役割をAdRMや「スグリ―」が担えると考えています。
━━広告会社の立場からは、テレビ広告の課題感をどのように捉えていますか。
松岡:松本さん、柳田さんからお話いただいた課題感と同様の危機感を抱いていました。テレビアカウント推進部という私の部署は日々、広告主の皆さんと向き合っています。これまで効果が可視化しづらいと言われてきたテレビについても、効果をしっかりと検証し、次のプラニング精度をより高いものにしていきたいというニーズがますます高まっています。
マーケティング投資全体に対する説明責任を求める声が高まっていることが背景にありますが、そうした環境のなかで、残念ながらテレビ広告単体の出稿を検討する場面は減ってきている感覚です。したがって、デジタル広告も含めた統合的なプラニングを行う中で、いかにテレビ広告の価値や役割を、説得力をもって伝えられるかが重要になっていると感じます。
こうした場面において「スグリー」のようなソリューションは非常に有効だと期待しています。広告会社と放送局が一緒になって、テレビ広告の可能性を広げていくことにつながると考えています。
内藤:日本における地上波放送は、世界でも有数の強いパワーを持ったメディアとして長らく活用されてきました。動画広告を活用したマーケティングコミュニケーションにおいては欠かせないものと言えます。
テレビ広告の効果を最大限、実感するには、デジタル広告のDSPや機械学習による運用最適化のように、プラニング・バイイング・メジャメントの環境を整え、広告効果を最大化するための運用が常時接続的に実行されることが重要です。日本テレビさんのAdRMも、私たちが提供するAaaS(※)も、広告主のみなさんがテレビ広告に手ごたえを持って気持ち良く出稿できるようにアップデートしていきたいという志は共通していると思っています。
「スグリー」自体は、地上波広告におけるDSP的な役割を担う、新しいサービスだと思います。ここ最近、TVerを中心に1,000社以上の多種多様な企業のテレビコンテンツへのCM出稿が増えてきているのですが、そうした企業にとっても地上波テレビCMが取り組みやすいものになると期待されます。一方で、タイム・スポットで素材の差し替えができるという機能はすでに日本テレビに出稿されている既存の大手企業にとっても、大きなアップデートとなると考えます。
(※)「AaaS」は統合的なメディアプラニングから、広告枠のバイイング、広告効果のモニタリングをワンストップで支援することでマーケティング戦略上、最適な38 宣伝会議 2025.1 広告メディアの活用を可能にするサービス。
━━今はまだテレビCMの出稿に積極的ではないけれど、今後、もっと価値提供ができると思われる業種や商材はありますか。
松本:広告主の皆さんのお話を伺うと、小ロットで出稿できる、スピード感を持ってPDCAを回せる、指標をデジタル広告に揃えることで統合的に評価できる…という点は期待されていると感じます。これによって、テレビCMを使うことにハードルがあった中小規模の企業やスタートアップ企業の方にも、より使いやすいものにしていければと考えています。
柳田:私たちが現在、提供しようとしているレポートは、インプレッションやリーチなどの放送直後に把握できるモニタリングの結果が中心です。ですから、活用いただく企業としてイメージしやすいのは、リーチからコンバージョンまでのリードタイムが短い商材かもしれません。コンバージョンまでの時間が長くなりがちな高関与型の商材に関しては、テレビ以外のデータも組み合わせることで、効果の可視化は可能だと思います。このあたりは、AaaSと連携して「スグリー」を活用することで、より精緻な効果検証が実現できると考えています。
松岡:デジタル広告の中で中心的な存在であるロウアーファネル向けのリスティング広告の効率が飽和してしまった場合など、これまで、広告はデジタル一辺倒だったという企業でもミドルファネル・アッパーファネルといわれる潜在層にアプローチできるテレビ広告の価値を感じていただける場面は増えているのではないでしょうか。他メディア広告で行き詰まり感を抱えている企業にも、ぜひ活用していただきたいですね。
内藤:松岡がお伝えしたように、CV確率が高いKWの入札競争が激化して効率が悪化したり、目標単価を守っていると、目指す成長速度に届かない状況は往々にして発生します。そのような状況下で、リスティング広告の効率を高めたり、直接指名検索でサイトに誘導するためにはテレビCMが活用できると思います。
“ラストワンマイル”を効率化
放送予定枠の最適化も視野
━━AaaSなどが登場し、クライアントと最前線で相対する営業の皆さんにとってはプラニングや提案の仕方が変わってきたと思います。
松岡:今までのビジネスが180度変わるというよりは、従来の取引方法をベースとしながら、数年かけて切り替わっていくものだと理解しています。私たち自身も「スグリー」に対応したフローを設計すべく、準備を進めているところです。
内藤:広告主の皆さんにもご協力いただいて、運用フローも変えていく必要があると考えています。例えば、これまではキャンペーンごとにPDCAを回していたのがデイリーで回せるようになったら、合意形成も含めてスピードアップしていかなければならない。データを分析して、資料をつくって、打ち合わせをして、提案して、承認をもらって…というプロセスを経ていては、もはや追いつきません。機械学習でオートマチックに運用されるデジタル広告のように、広告会社側に最適化運用を一任いただくなど、常時接続環境を活用するための信頼関係の在り方を提案していきたいです。
松岡:広告主・放送局・広告会社すべてがテレビ広告のアップデートをマーケティング効果の向上という形で享受し、業務効率化にもつながるような仕組みを提供したいですね。
━━「スグリー」とAaaSのように、ソリューション同士の組み合わせで今後さらにテレビ広告の可能性が広がっていくと思います。
松本:AaaSのような仕組みができたことで、メディアを統合したプラニングであっても、より効果の予測が緻密にできるようになってきたと思います。しかし、精緻なプラニングをしても最後は素材をオフラインで放送局に渡して、放送局が組み替えて…と、ラストワンマイルの部分で詰まってしまい、理想のプランを具体化することはできていなかったのではないかと思っています。この広告の出稿における“ラストワンマイル”の効率化を実現するのが、「スグリー」の役割。さらに2つのソリューションを掛け合わせることで、大きな効果をもたらすことができるのではないでしょうか。
柳田:従来のテレビCMでは限定的だった効果の測定を、AaaSとの連携で拡大できると思っています。例えば、テレビ広告の購買に与える効果なども、AaaSを活用することで、より高度なレベルで分析・可視化して広告主へレポートができるようになるのではないかと考えています。
内藤:日本テレビさんは今回、CM放送予定の20分前の素材の差し替えを可能にしたわけですが、それに加えて、CM放送枠のタイムテーブル自体を最適化する取り組みも検討していただいています。テレデジ統合のデータなども掛け合わせながら、動画広告の価値を最大化できるような連携をしていきたいですね。
━━最後に、今後の展望をお聞かせください。
松岡:私たちは、テレビというメディアは唯一無二の存在だと思っています。強いコンテンツと同報性を駆使して世の中に大きなうねりをつくりだせるメディアは、テレビしかありません。先ほどもお話があったように、デジタル広告も含めて全て一括で管理していける時代は数年後にやってくると思います。放送局の方たちと協力し合いながら、一緒に走っていきたいですね。
内藤:どこで何を流すか、という部分は日本テレビさんが今まさにアップデートされている部分だと思いますが、「何を伝えるか」というクリエイティブやストラテジーについては、私たちもまだ触れられていません。クリエイターやマーケターの皆さんに、こういう仕組みを楽しんで活用してもらえるような環境をつくっていきたいと思っています。
柳田:これまでテレビCMの出稿企業は大手の一部企業に限られていました。今後、「スグリー」のようなサービスを通して出稿のハードルを下げ、広告主の数を増やしていきたいということが展望としてあります。そのためにも、クリエイティブ素材や枠の組み換えなど、よりフレキシブルに最適化できる仕組みをつくって、プロジェクトも継続的に改善していきたいと考えています。
松本:まず短期的な展望として、現在は日本テレビ単体の取り組みですが、最終的には日本全国の放送局に拡大していけたらと思っています。中長期的には、視聴者のメディアやコンテンツの消費の仕方が大きく変革していくなかで、今のテレビ広告のような信頼性や、リーチ力がある媒体をどのように維持していけるのか、広告業界に残していけるのか…を考え続けていきたいです。
編集協力:博報堂DYメディアパートナーズ