Z世代と考えるマーケティングのリアル 「シェア(推奨)」ご使用上の注意

2024年3月に本コラムより書籍化した『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』。今回はこの書籍がきっかけで実現した、産業能率大学 小々馬敦ゼミでの授業の模様をレポートします。Z世代である学生たちと、「シェア(推奨)」をテーマに著書の北村陽一郎氏が対話を重ね、見えてきたこととは?

なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』の中で私が非常に重視をしているのが、マーケティングの定跡と言われるような考え方とリアルで起こる現象との間に存在しているギャップをどう把握・理解していくかというテーマです。

若い世代については特にそうしたギャップを捉えにくいところがあり、通常の調査形式では掴みきれないとも感じていました。そんな中で産業能率大学の小々馬先生とのご縁をいただき、電通社内で行っている「北村塾」の出張版として「北村塾@SANNO UNIVERSITY」を実施させていただく運びとなりました。

イメージ

小々馬ゼミは、産学を繋ぐ「ミライ・マーケティング研究会」(後援:日本マーケティング協会)を定期的に実施しています。また雑貨の商品企画や放送局との研究会などの取り組みもあり、教室内での研究にとどまらない“世の中のリアルとの接着”が特徴的なゼミとなっています。

今回のコラムは、自分自身も非常に楽しく参加させていただき、また新たに気づきや整理が得られた3回にわたる「北村塾@SANNO UNIVERSITY」のレポートです。

写真 人物 複数スナップ 北村塾@SANNO UNIVERSITY

「自分ごと化」・「シェア(推奨)」・「動機づけ」の3つをテーマに設定

学生の方々からご意見を伺いたいテーマはいくつかありましたが、その中から「自分ごと化」・「シェア(推奨)」・「動機づけ」の3つを設定しました。いずれも広告会社・広告主の間で実務上よく使われる言葉ですが、それらは多くの場合、「そうなってくれたらよい」という文脈であり、果たして実際にできるのか、あるいはどういう場合にはできてどういう場合にはできないのか、今ひとつ解像度が高くないと感じていました。

イメージ

本レポートでは、3つのテーマの中でも特に興味深い議論となった「シェア(推奨)」について、まとめていきます。

写真 商品・製品 この授業のためにゼミ生が作成してくれた、オリジナルロゴとバッジ。

この授業のためにゼミ生が作成してくれた、オリジナルロゴとバッジ。

「シェア(推奨)」を考える

モノを購入した人が周りの人にもそれをシェア(推奨)するのは実際に起きている現象だと思うのですが、企業側がなんらかの行動をすることによってシェアの動きを増やせるのかについては、やや実感を得られないところがありました。シェアはそもそも自発的なものであり、またそれをした結果として自分に対する他者からの認識が変化する可能性もあるセンシティブな行動であることに注意する必要がありそうです。

全3回を予定していたうちの第1回では、以下のテーマについて学生の方々のお話をうかがうことにしました。
知り合いではない人に何か自分の推しについて薦めた経験があるか、その反応・反響がどうだったかを教えてください。
知り合いの人に何か自分の推しについて薦めた経験があるか、その反応・反響がどうだったかを教えてください。また、それは企業がマーケティング施策として再現可能だったのか、考えてみてください。
上げていただいた意見がこちらです。

スライド 知り合いではない人に何か自分の推しについて薦めた経験があるか

「知り合いではない人」に対して積極的に自分の推しを薦めた経験については話が出ず、また「知り合いの人」に薦めるシーンにおいても、人間関係があるからこそ相手に気を遣うという側面が感じられました。

広告会社は、つい「量」のことを考えてしまいがちで、商品のユーザーが口コミで情報量を拡散し、それを見てユーザーになった人がさらに拡散してくれるのをイメージしてしまいますが、それほどシンプルなものではなさそうです。

これをふまえ、第2回のために「シェアするのはかなりハードルが高いが、“話す力”は弱くても、“聴く力”はある程度強いのではないか」という仮説を立てました。メディア論の大家に、マーシャル・マクルーハンという人がいます。「メディアこそがメッセージである」、つまり、どのメディアの情報かにより受け取る側の受容性が異なるという意味の言葉が有名です。人もメディアであるとすれば、誰のシェアは自分にとって影響力があるというように、“聴く力”が異なるケースが出てくると考えました。

スライド “話す力”と“聴く力”

伝える力を“話す力”と“聴く力”の2つに分解し、それぞれの強弱で4象限あると考えます。その中で、相手との人間関係がある間柄においては“話す力”は弱くても、“聴く力”がある程度強い(右下の象限にいる)という仮説です。これに対し賛成または反対の立場を学生の方々に取っていただいたうえで、第2回のディスカッションを行いました。

「界隈」における「シェア」の影響力を考える

第2回のディスカッションで、実際に上がった意見が、こちらです。

スライド 第2回のディスカッションで実際に上がった意見

話の内容や情報量にもよるのはありそうですが、人間関係がある方が、ないよりも“聴く力”が比較的強い、というのは学生の方々の間でも納得できることのようでした。その中で、「似た関心を持つ人たちが群衆となる“界隈”の影響力」についてはもう少し話を聴きたいと感じました。

第3回では自身の考えをまとめてプレゼンいただく予定でしたので、第2回を終え、以下のテーマでレポートを書いてほしいとお願いしました。

一人ではない、複数の人たちによる“界隈”に影響され、それまでの行動が変わった経験があれば、まとめてください

写真 複数スナップ

発表者のお一人である引地綾乃さん(3年)は、VTuberを応援する界隈によって影響を受け、三重県にある志摩スペイン村に行った経験を話してくれました。その界隈が何か好きなコンテンツを取り巻くコミュニティである場合、応援の方法(推し方)を自分もしてみることで関わり方を強めたいという心理が働くといいます。シェアされた内容が自分の関心と合っており、それをすることで関心がさらに高まることもありそうです。

高橋こころさん(3年)は推しのライブに行くとき、その地方に住んでいるファンとライブ会場で会えるのが楽しみで行くことが増えたそうです。舞台鑑賞においては、俳優ファンの友人たちと一緒に食事をした際にその方々が舞台の考察をしているのを知り、それからは舞台のシーンごとによく考えながら観劇するようになったといいます。

通常の人間関係ではなく同じ「好き」を持っている人の集まりになると影響力が強まり、それによって「好き」が高まったり、新たな行動を促したりすることがあるようです。

写真 学生の皆さんから提出されたレポート

学生の皆さんから提出されたレポート

染谷花衣さん(3年)は、界隈に影響されて行動が変化するというよりも、自分自身の好みの移り変わりによって所属する界隈が変わるという感覚が強い、と言います(この意見については他の学生の方々も納得されているようでした)。服を例として、「この界隈が好きだから所属する」というよりは「このブランドや系統が好きだから結果的にこの界隈にいる」という感覚だそうです。界隈の中の交流がある一方、「ケンタウロス界隈」(編集部注:ファッションインフルエンサーのケンタロウス健太さんの界隈)などから界隈同士の対立も生まれており、帰属意識や拘束力はイメージほど強くないケースもあるのでは、という指摘でした。

レポートの発表とディスカッションを経て、“シェア”を考えるというテーマの整理は以下のようなものとなりました。

スライド “シェア”を考える

人間関係がある場合には相手への配慮もあり、自分がただ好きになれば推奨するわけではないという意味で“話す力”はそれほど強くないが、“聴く力”は強くなりそうであり、また影響力は強いものの拘束される感じではなく、好きな対象が変化していくことによって結果的にその界隈にいる、という空気感があることがわかりました。
 
 
全体を通じ、見守りをいただいた小々馬先生より以下のコメントをいただいております。

大学生にマーケティングの講義を行う中で「20世紀に体系立てられたマーケティングの定跡は今の時代に合理的でなくなっている」と日々感じていました。在学生の多くは2005年以降に生まれ、SNSとスマートフォンが生活情報とコミュニケーションのプラットフォームでありマスメディアへの接触頻度は少なく、ブランドの認知や差別性を頼りに商品を選ぶことや、パーチェスファネルのように線形な購買決定行動をしていないので、旧来型のフレームにピンとこないのです。
『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか』を書店棚で見つけて「これだ!」と思いました。北村さんにお会いしたことはなかったのですが、すぐに連絡を取り書籍で紹介されている「北村塾」を大学生向けに実施できないか相談をさせていただきました。快諾をいただき、大学キャンパスでの3回シリーズの塾が実現しました。
「自分ごと化」「シェア(推奨)」「動機づけ」の3つをテーマに、北村さんとマーケティングを学んでいる学生たちの対話を重ねました。幾度も討議を重ねていく中で、学生たちが話す個人的な経験談(具体)が共有可能な概念(抽象)へと展開されていき、マーケティングの定跡と若者層のリアルな生活との間に在るギャップが解像度高く明らかになっていく様に感動しました。北村塾での対話の内容を、より多くのマーケターの方々に報告したいと願っています。
 
産業能率大学 小々馬 敦

写真 人物 集合 小々馬ゼミの学生の皆さんと。手前右が小々馬先生、真ん中が著者。

小々馬ゼミの学生の皆さんと。手前右が小々馬先生、真ん中が著者。

学生の方々と一緒にマーケティングについて話していく中で感じたのは、やはりマーケティングは“リアル”だ、ということです。「何を買いたいか」は「どう生きたいか」に直結しているし、今回まとめた「シェア」も、現実に生きている人がそれぞれの人間関係の中でさまざまに思考を巡らせた上で行っていることを改めて感じました。仕事の現場でマーケターがつい型にはめてしまったり、決裁の通りやすさを考えてしまったりということはあるのですが、“リアル”とフレームとの行き来は大切ですし、それがあるからマーケティングは面白い、と言えるように思いました。

今回ご紹介しきれなかった学生の方からも、たいへん多くの学びをいただく機会となりました。産業能率大学・小々馬ゼミの皆様、ご参加をいただき、ありがとうございました。

お知らせ:
「北村塾@SANNO UNIVERSITY」の報告会が、2025年3月14日(16時〜17時半)に無料オンラインセミナー「ミライ・マーケティング研究会」(後援:日本マーケティング協会)として行われます。当日は、小々馬氏、北村氏が登壇し、授業の報告や学生を交えたディスカッションなどが行われます。詳細や申し込み方法は、産業能率大学 小々馬敦研究室のホームページ他で後日公開されます。

写真 表紙 『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか 電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論』

定価:2,200円
(本体2,000円+税)

『なぜ教科書通りのマーケティングはうまくいかないのか 電通戦略プランナーが教える現場のプランニング論』(北村陽一郎著)

ブランド認知、パーチェスファネル、カスタマージャーニー…有名なマーケティング・フレームを現場で使うとき、何に気をつければいいのか?「過剰な一般化」「過剰な設計」「過剰なデータ重視」の3つを軸に解説。推奨度9.9の電通社内プランニング塾の内容を書籍化。

advertimes_endmark

北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)
北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。

北村 陽一郎(電通 ソリューション・デザイン局/統合プランニング・ディレクター)

1973年生まれ。東京大学教育学部卒、1996年電通入社。テレビ広告・スポーツ放送権業務などを経て、2012年より広告プランナー。自動車・食品・精密機器・金融・アプリなど幅広い広告主のプランニングに従事するかたわら、社内向けの少人数制プランニング塾「北村塾」を開講中。NPS=98.4、推奨度平均9.89点という圧倒的な人気を得る。

この記事の感想を
教えて下さい。
この記事の感想を教えて下さい。

このコラムを読んだ方におススメのコラム

    タイアップ