企業は常に時代に合わせた変化を求められているが、組織変革はその影響が大きいために慎重にならざるをえない。そのような中、NTTドコモ、NTTコミュニケーションズ、NTTコムウェアの3法人を統合したドコモグループ。統合後のカオスな状況下で、どのような営業戦略を立て、変革を推し進めたのか。オンラインイベント「Sales Strategy Conference」内で行われた、NTTコミュニケーションズの戸松正剛氏と、カクシンの田尻望氏の対談から明らかにする。
組織変革はチャンスでもある
田尻:3社の統合を実施したドコモグループについて、カルチャーも経営戦略も異なる組織を統合すると考えただけで、目の前に暗雲が立ち込めそうですが……。実際、どのように統合を行ってきたのでしょうか?
戸松:NTTコミュニケーションズは1999年設立の法人事業を中核としたNTTグループの主要企業です。NTT持株会社がドコモを非上場化した後、2022年からドコモの法人事業をすべてNTTコミュニケーションズが引き受けることになりました。同時に、グループの情シス機能を持ったNTTコムウェアの民需事業も統合し、今のドコモビジネスという形になりました。
同じグループでもカルチャーが違うのは勿論、当然幹部も異なるので経営戦略が違い、マーケティング的には顧客情報も全く統合されていませんでした。組織統合は最初どこから手を付けていいかも分からずに、思考停止に陥りがちです。ただ逆説的ですが、平常時に変わる必然性や大義がない大きな組織を変える方がむしろパワーが必要ですので、物凄い混乱のタイミングじゃないと組織変革はできないとも思ったりします。カオスですけど、それを逆にチャンスと捉えて、多くのメンバーが変革を進めてきました。
感情を入れないために、仕組みを作る
田尻:全社が同じ方向を向いて変革を進めるためには、フォーカスするポイントが必要だと思います。戸松さんはどこにフォーカスされたのですか?
戸松:変革を進めるうえで、企業カルチャーの存在は大きかったです。当たり前ですが、自分たちが今まで積み重ねてきたものを「守りたい」と思うのが普通だと思います。しかし、残念ながら3社のやってきたことをすべてそのまま継続することはできません。そこで出てきてしまうのが“感情”。頭の中ではわかっていても、どうしても対立構造ができてしまいます。
そこで、我々がフォーカスしたのは舞台装置、すなわち「仕掛け」です。この舞台装置を通じてコミュニケーションを取るようにしました。
田尻:具体的な仕掛けや戦略はどのようなものでしたか?
戸松:大きな戦略としては5つあります。それぞれに課題があったので、仕掛けを入れています。例えば、「統合マーケティングボード」という仕組み。法人営業をやっていると目の前のお客さまへの対応が一番になりがちです。そのため、どうしても中長期の事業戦略への準備が二の次になってしまいます。これを強制的に議論する場所として作ったのがこのボードです。新規事業のゲートマネジメントとポートフォリオの仕組みを作り、議論する人間が後で「聞いていない」と議論を逆流させることをなくすために、すべてのキーマンが入ってその場で議論するようにしました。
どうしても各自の知識差が出てしまうため、テーマ毎にマーケティングリサーチを入れて、知識レベルを合わせて、その上で議論できるようにもしています。レギュラーベースで2週に一回、1時間半ぐらいやっています。
田尻:この仕組みというか、根っこがない会社さんも結構多そうですね。ちなみにキーマンが20人以上集まると、かなり意思決定が難しそうな気がしますが、どうなのでしょうか。
戸松:議論内でいきなりYES/NOを判断するのではなく、まずはリサーチした結果を見て、マーケットオポチュニティがあるのかないのかという議論をします。あると判断できれば、その中で我々が出せる価値は本当にあるのか、ケイパビリティを調べます。そこも合意できたら、具体的な責任者や数字を詰めていきます。最後に結果が出てやっとローンチさせる、という議論になります。このように合意形成のプロセスを踏んでいきます。
いきなりオーケストラを目指すのではなく、まずはバンドから
田尻:キーサクセスファクター、うまくいったポイントを教えていただいてもいいでしょうか。
戸松:キーワードは「オーケストレーション」です。私の肩書はマーケティングの責任者となっていますが、マーケティングだけではだめで、事業全体をオーケストラのようにマーケティング、セールス、商品開発、そしてコーポレート機能と連動させて動かすことが重要です。ただ、実際は死ぬほど難しい。いきなりオーケストレーションすることは、我々には少なくともできないな、と思いました。
そこで我々がイメージしたのが「バンド」です。いきなり100人のオーケストラではなくて、最低限の楽器構成のバンドとして、小さくてシンプルでも良いから、同じ曲、すなわち各機能が連動した戦略を実行しなければ効果が出てきません。反対に1曲できれば、そこにキーボード、その次はパーカッションと増やしていく、そのように拡張していけます。
そのため、まずは3~4つの本当に価値が出せるミニマムの機能から回すことに力を入れました。1曲演奏しきれば、善かれ悪しかれきちんと結果が出ます。社内の見方が変わり、各機能間メンバーも、連動感をもって一緒にやることで成果が出ると認識できます。その循環を回し続けることがサクセスファクターと思っています。
立ち返る場所を定めておけば、ブレは抑えられる
田尻:今までの話を聞いていてものすごく大変さが伝わってきます。その中で、なぜ諦めずに推進できているのかもお伺いしたいです。
戸松:我々NTTコミュニケーションズの場合は単にサービスを売って終わりというよりも、お客さまの課題に様々な角度でアプローチをしてソリューションを提供するという遺伝子が組み込まれています。今風な言い方をするとCX(顧客体験価値)の追求ですね。そこに皆こだわりを持っているのがブレずに進めていける理由の1つです。この共通認識や軸を社内で議論しておき、いつでも立ち返れるようにしておくと、組織全体でブレることなく変革を進められると思います。
また、これらをきちんとデータ化することも必要です。何をもってCXやEX(従業員体験価値)が向上していると言えるのか?という点ですね。様々なツールでデジタル化されていますが、やっぱり数字には力があります。数字によって自分たちの現在地が見えてきます。定量的なものを使いながら、さきほどの定性的なところをうまく回していくと、比較的折れずに続けられるのではないかと思います。
田尻:それらの定量・定性的なものを可視化するうえでのポイントはありますか。
戸松:データって社内に散在しがちなものだと思います。あるデータは経営企画、別のデータはマーケティングしか見ていなかったり、現場サイドは自分の顧客情報しか見てなかったりします。そこで、データを組織の全レイヤーの人間が客観的に確認できるようにして、結果としての数字の良し悪しではなく、数字がなぜ上がったのか、伸びしろがあるのかなど、アクションにつながる議論ができるようにしないといけません。
例えば、弊社では「カスタマーヘルススコアカード」というものを作成しています。お客さまのカルテが自動で作れるようになっているのですが、このカルテの中に「レベニュー」「リレーションシップ」「レピュテーション」の「3つのR」が項目としてあります。
収益をいくら頂いているかを示す「レベニュー」に、ついつい目が行きがちです。そうではなく、例えば我々の役員クラスがお客さま側の役員とどのような関係性になっているのか、という「リレーション」や、一緒にメディアに出演するなどの活動がどれぐらいあるのか、という「レピュテーション」も含めて、このスコアカードに落とし込みます。こうすることで、お客さまとの関係性を、短期的な目線だけではなく、中長期の可能性でも可視化できます。CXにつながるのはもちろん、各部の様々なメンバーが行った努力も反映されるようになります。マーケティングサイドが行っているイベントに参加いただいているなどの情報はもちろん、お客さまからのクレーム情報も入ります。その結果、サービスサイドも、どのサービスがスコアを下げているのか、がわかり議論ができるようになります。このようにデータをベースとした客観的かつ建設的な議論が究極的にはEXにもつながるのではないかと思っています。
お客さまの声を聞き、価値を作っていく
田尻:実際に仕組みを作る際、何から手を付けたらいいのでしょうか?
戸松:変革というのは、事業の構造転換でもあります。一般的な企業における事業ポートフォリオでは、「既存のお客さま×既存の領域」、つまり利益源泉となる現業が8割で、残りの2割が新しいセグメントということがよくあると思います。新たな自社のケイパビリティをどう獲得し、新たなお客さまを開拓するか、既存のお客さまにどのような新しい価値を提供できるかを考えていく必要があります。ここを可視化、データ化することがまず重要です。これによって今の位置がわかるし、狙っている目標に足りているかどうかが全社で認識できるようになります。これが仕組みのスタート地点になります。
また、お客さまの声を社内に反映させる仕組みづくりも有効です。我々の事業の1つとして、共創の場である「OPEN HUB Park」という場所を大手町に設けています。そこでお客さまにプレゼンテーションするコンテンツを決める際、組織の各部が、自分たちが売りたいものを雑多に持ち込むと、それこそカオスになってしまいます。我々がキュレーターとして一定程度は整理しますが、やはり最後にコンテンツを決めるのはお客さまであるという形にしています。要はお客さまがいらっしゃって初めて、アプリケーションやプロダクトが評価される仕組みです。何がお客さまに刺さったのかを全部可視化して、スコア化して戻していくという作業を通じて、200くらいあるコンテンツも、常にお客さまにとって価値があるものだけに集約されていく仕組みにしています。
田尻:ある意味、テストマーケティングの場にもなっているのですね。大企業であればあるほど、お客さまの声と開発企画の位置がどんどん遠くなるというのはありがちなのですが、この仕組み化によってだいぶ縮まるように思います。顧客の声を価値にしていくために、アドバイスがあれば教えてください。
戸松:不都合な顧客の声に耳をふさがないように注意したいですね。よくマーケティングサイドが、リサーチにおいて自分たちに都合の良い声だけを拾うという状況に陥りがちだと思います。これはサービスサイドも同じです。そこを精神論とか属人化した能力に頼るのではなく、勝手に声が入ってくる仕組みを作ることが重要です。あくまで弊社のケースは1つの例なので、各企業のやり方に合わせた仕組みを作り上げることができると、議論がしやすくなるのではないかと思っております。
田尻:最後に、NTTコミュニケーションズ様としては、市場の皆様とどのような関係性を築いていきたいかという点をお話しいただきたいです。
戸松:今、Forbesさんと一緒に企業同士の優れた事業共創の事例を表彰するXtrepreneur AWARDというアワードをやっており、2023年から開始して2024年の今年2回目が終わったところです。昨年のグランプリは、タカラトミーのロボット型の玩具でした。この玩具を宇宙開発に使うという内容で、JAXAのロケットに乗せて月に運び、変形型ロボットがここで探査活動をするというものです。ポイントは、JAXAとタカラトミーを掛け合わせて新しい価値を生み出している点です。我々は、お客さまとの関係性は、何かサービスを使っていただく、商品を買っていただくという関係だけなのか、という点に問いを投げかけています。我々が思うB2Bマーケティングの究極の価値は一緒に価値を作ることだと思っています。こういったアワードも私どもの1つの仕掛けなのですが、これらを通じてお客さまにNTTコミュニケーションズと一緒に「新しいマーケットを作っていきたい」と思っていただきたいですね。