VOL.1 ヤマハ・加藤剛士氏「いま自分たちが取り組んでいることを、堂々と世界に問う」

カンヌライオンズやアドフェストなどの国際広告賞では、最新のケースやトレンドがわかる授賞式やセミナー、作品展示に加えて、ネットワーキングのためのパーティが行われます。ここには近年、エージェンシーやプロダクションからだけでなく、アドバタイザー、つまりクライアントサイドからマーケターやクリエイターが多く参加しています。彼らは何を目的に参加し、ここで何を得ているのでしょうか。
 
2025年のアワードショウシーズンの最初となる3月20日〜22日開催の「ADFEST2025 」(タイ・パタヤ)を前に、アドバタイザーが国際広告祭に参加する理由を探ります。
 
第1回目はヤマハのコーポレート・マーケティング部の加藤剛士氏に話を聞きました。加藤氏は、2024年にカンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル(以下 カンヌライオンズ)に「だれでも第九(The Joyful Piano)」をエントリーし、2部門でショートリストを受賞しています。
写真 人物 木村健太郎氏、加藤剛士氏

ブランドを再定義する中で「これを世界中に伝えたい」という想いが沸いてきた

写真 加藤さんが参加した2024年のカンヌライオンズでの授賞式の様子
写真 加藤さんが参加した2024年のカンヌライオンズでの授賞式の様子

加藤さんが参加した2024年のカンヌライオンズでの授賞式の様子。

木村:加藤さんは昨年のカンヌライオンズが初めての国際広告祭参加だったのですか?

加藤:いえ、2023年に初めて参加して、昨年は2回目になります。

木村:なるほど、2年越しでエントリーされたんですね。一昨年に行った初めてのカンヌの印象はどうでしたか?

加藤:今回エントリーした「だれでも第九(The Joyful Piano)」は1年半の準備期間を経て出品したので、2023年はそのための準備と学びが目的でした。実際に参加して、現地の空気感や規模や受賞作の潮流がよくわかったのと同時に、出品作品に反映できるヒントを得ることができました。

写真 ヤマハがエントリーした「だれでも第九」

ヤマハがエントリーした「だれでも第九」

全体的なカンヌライオンズの印象としては、いわゆるクリエイティビティの祭典から、ブランドの本質的な部分へのシフトが起きているなという風に感じました。

木村:そうですね。カンヌライオンズは2011年に「広告祭(Cannes Lions International Advertising Festival)」から「クリエイティビティ祭(Cannes Lions International Festival of Creativity)」に名前が変わってから、広告表現だけでなく、ブランドや社会の課題解決にますますフォーカスが広がってきています。今年出品されて参加した2回目の印象は何か違いましたか?

加藤:全然違いました。実際にエントリーすると、「自分ごと感」がすごいです。大変な思いで出品しただけに。特にアワードのエントリーシートがあんなに大変だとは思ってなくて……。あの初体験を、通常業務を行いながら進めたというのが、一連の日々を忘れられないものにしています。

木村:わかります。泣きたくなるくらい大変ですよね。でも初エントリーでショートリスト受賞はすごいです。僕は初エントリーではショートリストにも引っかかりませんでした。賞の後のパーティで日本人審査員を見つけて、なんで獲れなかったのか詰め寄ったのを覚えています(笑)。

加藤:今回、Creative DataとLuxuary&Lifestyleの2部門でショートリストでした。トロフィーはもらえなくて悔しかったですが、演奏に挑戦した主役のピアニスト3名や、スタッフ、東京藝術大学の新井先生と高橋先生、広告代理店の頑張りに心から感謝しながら、今後への可能性に期待したいと思っています。

木村:カンヌライオンズでは、ショートリストも誇るべき立派な受賞です。本当におめでとうございます。でも加藤さん、そもそもなんで国際広告賞に出品しようと思ったのですか?

加藤:時間軸としては、「カンヌライオンズを目指す」よりも、「十分に伝わっていないブランド資産を再定義して社会課題を解決しよう」が先でした。カンヌの存在は認知していましたので、企画の途中から意識し始めました。コンセプトを言語化していく中で、世界中に伝えたいという想いがカンヌライオンズの存在と交錯したという感じです。一般論でもブランディング領域は明確な評価指標が立てにくい環境にあって、広告賞を意識することで目標の解像度を高めることになりますし。

木村:それはエージェンシーサイドでなく、クライアントサイドからなんですか?

加藤:はい。私たちからです。後から知ったのですが、それは珍しいケースのようですね。

木村:なるほど。想いがあって、そこにカンヌライオンズがはまったというわけですね。ではこのプロジェクトを企画して実際に出品するまでのプロセスを教えて下さい。最初は何から始めたのですか?

加藤:まず企画コンセプトを、気持ちを込めてつくりました。下の図にあるように、「コンセプト」「誰に向かって伝えるのか」「コアバリュー」「世の中に伝えたい研ぎ澄まされた価値観」の4つの要素で規定しました。これによりステークホルダーごとに生じやすい認識のバラつきを防ぎ、「同じ景色を見ている」状態をつくり出しました。

図 企画コンセプト

木村:今回使われている技術はこのために開発したのですか?

加藤:いえ、今回の企画のコア技術である「だれでもピアノ」はすでに2015年に発表したものでした。今回やってみて思いましたが、広告賞への出品は社内の技術リソースを棚卸しする良い機会になるのです。

木村:なるほど。さきほど「十分伝わってないブランド資産を再定義して」とおっしゃっていましたけど、これはヤマハさんのように社内に膨大な技術リソースがある会社だからできることですね。この辺がエージェンシーでなくアドバタイザーならではの広告賞チャレンジの意義かもしれないと思いました。

加藤:次に、コンサートの成功に向けて設計と準備をしました。コンサートをお客様視点で捉えると、「さあ今日はどんな演目で楽しめるかな」というのが通常ですが、このコンサートは共演者も観客も皆が手に汗を握って成功を応援する、そんな温かく優しい時間にしたいと願い、実際のコンサートもその通りとなりました。

写真 「だれでも第九(The Joyful Piano)」の公演より。

「だれでも第九(The Joyful Piano)」の公演より。

写真 コンサート準備している様子

コンサート準備においては、ピアノ演奏を上から映し、観客に観えるようにした。

木村:ビデオを拝見しましたが、会場にいる全員がひとつになった感動が伝わってきました。

加藤:そして、その感動を世界中の人々に伝えるためのライブ配信や、事後のダイジェスト動画配信など、広告祭へのエントリーを進めました。今回の企画は、主にブランドの立ち位置とピアニストの自己実現の視点から捉える「Entertainment Liones for Music」系と、AIをはじめとした技術の視点から捉える「Creative Data」系の考え方があるだろうとノミネートを最適化させていきました。

木村:実現するまでにどのような苦労がありましたか?

加藤:これだけで一晩語れます(笑)。ピアニスト、指揮者、オーケストラ、合唱団、プロデューサー、そして企画とそれぞれにありましたが、企画サイドで言えば、前代未聞のコンサートへの理解を得る最初のフェーズと、事後の価値伝達を考える最終フェーズが大変でした。

木村:お話を聞いていて大変そうだけどなんだか羨ましくなってきました。でも社内のいろいろな部門との調整も大変だったのではないですか?

加藤:大変と申しますか、早い段階から透明化を意識して、先述のコンセプトを熱く説明しました。社長へもキックオフ段階で報告しましたが、「”だれでも”にこだわりなさい」と明確にコメントいただけて勇気づけられたのを覚えています。

木村:結果、多くの人の力が結集されて、見事受賞されました。社内からの反響はありましたか?

加藤:関係者はもちろんのこと、統合報告書への記載や株主総会での紹介など、ブランド/マーケティングの枠を超えて事業そのものへの貢献を感じました。少なくとも弊社では、「マーケがチャラついてんじゃねーよ」的な空気はなく(笑)、コミュニケーションの活性化に寄与していると認識されています。

「だれでも第九」プロジェクトムービー

海外アワードへのチャレンジで得られた3つの機会

木村:加藤さんは、ご自身が進める事業成長のプロジェクトに上手にカンヌライオンズを利用されていると思います。他の広告祭にも出品してますか?

加藤:次はアドフェストにエントリーしています。

木村:それは楽しみですね。

加藤:木村さんはこれまで様々なクライアントで国際広告賞に出品されてきたと思いますが、どんないきさつで出品されることが多かったですか?

木村:アワードに対しては人によっていろんなアプローチがありますが、僕自身は「広告賞を目指す」ことから考え始めたことはほとんどなく、今取り組んでいるクライアントの課題に対して、「いままで見たことないやり方で世の中をあっと驚かせるやり方はないだろうか」と考えるところからスタートしています。そういうアイデアを僕らは「手口ニュートラル」とか「別解」と呼んでいます。そうしてもし筋の良いアイデアが生まれたら、その時点から広告賞エントリーのことも考え出しますね。

加藤:弊社が考えたプロセスと基本は一緒ですね。

木村:そうですね。でも、最近は「カンヌを獲りたい」という相談をクライアントさんから受けることも多いです。そうであっても事業課題、ブランド課題から考えたほうがいい。「急がば回れ」だと思っています。ここ数年グローバルを担当しているので、海外の博報堂のオフィスから「アワードをとってレピュテーションを向上したい」という相談を受けて現地に飛ぶこともあるのですが、そこでも「今担当しているクライアントのブランド課題でカンヌを獲れる別解アイデアを作れ」という研修をやっています。広告賞は受賞することより、今ある仕事で受賞を目指して試行錯誤することのほうが得るものが大きいと思います。今回、加藤さんご自身の学びはなんでしたか?

加藤:言い方が難しいのですが、アドバタイザーにとってカンヌはボーナスステージだと思っています。たとえ受賞できなくても頑張ってきた取り組みの価値が失われることは決してありません。幸運にも数パーセントの狭き門をくぐって受賞できたならば、さらに多くの人々に取り組みを知ってもらえる。だから前向きにならない以外ないです。
あとは、これだけで別の対談ネタになってしまいますが、やっぱり広告主とエージェンシーの信頼関係と連携が大切だと心の底から感じるきっかけになりました。

木村:国際賞は世界を相手にするから、同じ夢を見て信頼してなんでも話す関係の大切さを痛感しますよね。では会社として、アドバタイザーが国際広告賞にチャレンジすることで得られるものは何だと思いましたか?

加藤:そうですね。チャレンジで得られる機会は3つあると思っています。
1つ目は、組織のチカラを高めていく「学びの機会」。
向き合うことでインプットが増えますし、社内打ち合わせのクオリティが目に見えて上がっていきます。

木村:世界と戦うから、通常の業務とは視点が変わるというのもありますよね。

加藤:2つ目は、気づけていない価値を見つける「棚卸しの機会」。
先程も言いましたが、今回の企画のコア技術である「だれでもピアノ」は2015年に発表したもので、その現在地と近未来、そして北極星に着目しました。

木村:広告賞というレンズを通して初めて見えてくる自社の強みがあるということですね。

加藤:3つ目は、社内連携が強化される「組織力UPの機会」です。
多くの事業会社が予算実行計画などの書類に「他部門連携強化」と記載しているのではないでしょうか(笑)。それを強制的に前進させてくれるきっかけとなりました。

木村:広告賞は事業部間の横連携のきっかけにもなるということですね。国際広告賞が「学び」と「棚卸し」と「組織力」をアップできるというお話、実際にチャレンジされた加藤さんならではの説得力があります。

加藤:さきほど木村さんが「世界と戦う」とおっしゃいましたが、国際広告賞に出品すると、日本と世界の間の壁を感じてしまいます。日本勢が次のレベルに進んでいってもっと存在感を増していくには、どのような変化が必要だとお考えですか。

木村:国際賞の審査をやっていて思うのは、日本からのエントリーは、今は「もっと日本らしさ」を前面に出して戦ったほうがいいということです。「今は」と言ったのは、ここ数年で日本の立ち位置に大きな変化があったと思うからです。食べ物の話にそれますが、ここ数年で海外の日本食レストランのクオリティが突然上がったと思うんです。かつてはいろいろな国で「なんちゃって日本風」ばかりだったのが、急激に「ホンモノの日本食」が増えた。これ、なぜかというと、昨今の円安で日本へのインバウンドが増えて、リアルに日本で日本食を体験した方が増えてるからだと思うんです。同じように日本のカルチャーに実際に触れたことのある方が世界中で激増しました。だから、10年前くらいまでは「In Japan」で始まるエントリービデオが流れると、「日本ってよくわからない変な国だな」と審査員にスルーされがちだったのですが、今は逆で「In Japan」で始まると、「そうそう、日本ってそうなんだよね」と共感されることが増えたように思うのです。ここ2〜3年の間にカンヌでゴールド以上を受賞した日本からの作品を見ると、日本特有のクラフトや、日本独自の社会課題を全面に出したものが多い。だから今は、欧米のカンヌ文法を真似するのでなく、自信を持って日本のユニークネスで勝負したほうがいいと思います。加藤さんはどう思われますか?

加藤:今回の経験を通じて思ったのは、これはあくまでも私見ですが、「カンヌの潮流を分析して、評価をとれそうな企画をする」のではなく、「自分たちが過去/現在やっていること、未来やりたいことを切り取って堂々と世に問う」という姿勢が大切なのではないかと思います。

木村:最後に、アドバタイザーが国際広告賞に参加する意味はなんだと思われますか?

加藤:世界における潮流や、ブランド/マーケティング業界における日本の位置が見え、課題や発見が本当に多くあります。事実、私どもも昨年カンヌで感じた潮流をすぐに進行中のプロジェクトに活用できています。

木村:これから出品や参加しようと思っている方にアドバイスをお願いします。

加藤:国際賞への出品は、機能的には、予想以上のリターンがあります。情緒的には、世界を舞台に志向するという壮大さがあります。弊社も始めたばかりですので、連携機会があれば是非お声掛けいただけたらと思います。

木村:あとは、出品より前にまず現地に参加してみることですね。加藤さん、今日は貴重なお話ありがとうございました。

写真 加藤さんが接写したカンヌライオンズのレッドカーペット

甲子園の土のごとく、「またくるぞ」との思いを込めて加藤さんが接写したカンヌライオンズのレッドカーペット。

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加藤剛士

ヤマハ コーポレート・マーケティング部 リーダー

本社商品事業部と欧州現地法人で商品企画とグローバルマーケティングを担当後、2019年に発表されたブランドプロミス「Make Waves」の立ち上げチームに参画。同年10月からはコーポレートマーケティング部門に異動し現職。楽器から音響まで幅広い事業のマーケティング支援とグローバルブランディング(特にクリエイティブディレクション)を主導している。

木村健太郎(博報堂 執行役員、インターナショナル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー / 博報堂ケトル ファウンダー)
木村健太郎(博報堂 執行役員、インターナショナル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー / 博報堂ケトル ファウンダー)

博報堂にてマーケティングからクリエイティブ、デジタル、PRと領域を広げ、2006年に「手口ニュートラル」をコンセプトに博報堂ケトルを設立。2017年から本社グローバルMD局の局長を兼任し、2021年よりグローバル領域とクリエイティブ領域を担当する執行役員。これまで10のグランプリを含む150以上の国内外広告賞を受賞し、40回近い国際賞審査員経験を持つ。2024年カンヌライオンズデジタルクラフト部門審査員長。The One ClubとADFESTのアドバイザリーボードも務める。

木村健太郎(博報堂 執行役員、インターナショナル・チーフ・クリエイティブ・オフィサー / 博報堂ケトル ファウンダー)

博報堂にてマーケティングからクリエイティブ、デジタル、PRと領域を広げ、2006年に「手口ニュートラル」をコンセプトに博報堂ケトルを設立。2017年から本社グローバルMD局の局長を兼任し、2021年よりグローバル領域とクリエイティブ領域を担当する執行役員。これまで10のグランプリを含む150以上の国内外広告賞を受賞し、40回近い国際賞審査員経験を持つ。2024年カンヌライオンズデジタルクラフト部門審査員長。The One ClubとADFESTのアドバイザリーボードも務める。

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