はじめまして。田端信太郎です。私は、もう10年ほど前にフリーマガジンの「R25」の立ち上げに関わったのを皮切りに、その後、livedoorニュースやlivedoorブログ、オピニオンリーダーのブログ記事を集約したニュースサイトであるBLOGOS、そして今はコンデナスト・デジタルにてVOGUEやGQJAPAN、WIREDのウェブサイトやデジタルマガジンの運営に携わっています。この10年ほど、紙とデジタルの両方にわたって、私はいくつもの「メディア」を立ち上げ、運営してきました。
総合商社が取り扱う商品ジャンルの幅広さを説明するフレーズとして、「ラーメンからミサイルまで」というキャッチフレーズがありますが、私が、関わってきたメディアのジャンルは、それこそ「2chまとめブログから、超高級ファッション誌まで」と言えるほど、幅広いと自負しています。さらには、ネットのみでなく、印刷メディアとデジタルメディアの両面から様々なメディアを経験することができました。
私は、新しいメディア、これまでになかったメディアを立ち上げ、世の中に送り出していくことの面白さ、セクシーさ、やりがい、スリルに取りつかれてきました。そんな私を、自分自身では、「メディア野郎」だと思っています。そう、トラック一番星のような「トラック野郎」が、トラックが好きで好きでたまらない・・・、あるいは、宮崎駿の「紅の豚」に出てくる「ヒコーキ野郎」が、飛行機が好きで好きでたまらない、のと同じように、私はメディアが好きで好きでたまらない・・・そういう意味での「メディア野郎」なのです(「野郎」と書きましたが、もちろん女性も入隊歓迎です)。
この連載「メディア野郎へのブートキャンプ」は、そんな「メディア野郎」への道を目指す人たちへの「新人特訓キャンプ」(=ブートキャンプ)です。鬼軍曹・鬼教官としての私から、「プロ」のメディア野郎としての気構え、過酷なアテンションや可処分時間の奪い合いという現在のメディアの「戦場」において、未来に向けて生き残っていけるメディアを作る、サバイバル術を伝えていきたいと思っています。
今や、個人・法人を問わず「誰でもがメディアになり得る」時代、「情報爆発時代」になりました。
この2012年に自社の企業サイトを持たない企業は、ほぼ無いでしょう。新たに商品のプロモーションを展開すれば、それ毎にキャンペーンサイトやfacebookページ、Youtubeチャンネルなどが立ち上がります。また、facebookやtwitterのようなソーシャルメディアは花盛りですし、日々、生活者のPCやスマホには、GメールやRSSリーダーを通じて、膨大な情報がプッシュされてきます。大手ポータルには毎日更新される膨大なニュースや、多数の専門カテゴリがあります。商業的、組織的に運営されるメディア以外にも、無数の専門サイトや個人ブログが、文字通り、「星の数ほど」存在し、日々莫大な記事が更新されています。さらには、オフラインの情報環境においても、街を歩けば、多数のフリーペーパーや雑誌が、行くところ行くところ、所せましと並べられています。一日の終わりに、自宅に帰って、郵便ポストを開けてみれば、そこには、ダイレクトメールや通販カタログ、カードの請求書に同封の会員誌などが、どっさり・・・。テクノロジーの発達が劇的に情報発信するコストを下げたこともあって、企業や個人が、メディアを利用して情報を発信すること自体は大変に簡単になりました。
しかし、そんなメディアのうち、きちんと読まれ、読み手の心を動かし、世の中に影響力を継続的に発揮できているものは、どれくらいあるでしょうか?メディアの受け手、消費者としての皆さんの実感からも、私の実感からも、「かなり少ない」と思えてしまうのではないでしょうか。
この連載は新兵訓練のブートキャンプですから、軍隊風に言うならば、いまや銃の値段が暴落してしまって、「銃を見せびらかす」あるいは「引き金を引き、弾を撃つ」こと自体は、誰にでも出来るようになってしまいました。しかし、プロの兵隊たるもの、単に銃を撃つだけでなく、様々な場面に応じた銃の構え方、狙いの付け方、そして、実際に読み手のハートを正確に射抜くことが出来なければ、失格です。さらには、ライフル銃を完全に分解し、また組み立て直せるようなレベルで銃の基本的な構造を理解し、その取り扱いやメンテナンス、さらには、そもそも銃で人を撃つとはどういうことなのか?という心理的な側面や哲学的な側面、捕虜や民間人は撃ってはいけないなど戦時国際法的なモラルまで理解しておかなくてはなりません。メディア野郎を目指す、というのはそういうことまでを含むのです。
さて、トラックや飛行機とちがって、メディアという言葉は大変に抽象的ですから、あらかじめ、本連載で対象とするメディアの定義を明確にしておきたいと思います。語源としては、メディア(media)という言葉は「媒介・媒質」を意味するmediumの複数形です。媒介・媒質とは、何かが伝わる際に、その介添えになるもののことを指します。例えば、音が伝わるためには、空気が必要です。その意味では、いわゆる「空気読め」的な比喩でなく、物理的な空気それ自体も、メディアと言えなくもないのですが、さすがにそういう定義は、今回は採用しません。
私が思うに、メディアが成立するために、絶対に必要なものは、発信者、受信者、そしてコンテンツです。この3要素間の関係性を取り持つものとして、広義のメディアは成立します。そして、現在のデジタルデバイス上に表現される広義のメディアは、発信者と受信者がそれぞれ1つなのか、あるいはN個あるか、によって、下記のような3形態に分類されると私は思っています。(これはもう3年ほど前に自分のブログで、提唱したフレームです。)
想定される送信者:1 vs 想定される受信者:N
- (狭義)のMedia型 (⇒Yahoo!ニュースが典型)
想定される送信者:N vs 想定される受信者:N
- Community(&Social)型 (⇒facebook、mixi、2ちゃんねる、が典型)
想定される送信者:N vs 想定される受信者:1
- Tool型 (⇒GmailやRSSリーダーが典型)
(狭義)のMedia型は、Yahoo!ニュースがその典型です。 Yahoo!という「送信者」が1人で、想定される「受信者」は何百万人もいるためにそうなります。(この形態の特徴をユーザー目線でいうと、自分が見ているページと同じウェブページを沢山の人が見ているのだろう、と無意識に感じさせているサービスです。)
mixiやfacebookなどは無数の「送信者」と、無数の「受信者」がいますからで、その意味では、典型的な「Community(&Social)」型のサービスと言えると思います。(このパターンの特徴をユーザー目線でいうと、自分と同じ情報を見ている人は、かなり少ない人数か、自分のみであり、もし自分以外の人が見ているすれば、その人は、自分とかなり近い趣味嗜好だろうな、とユーザーに感じさせているサービスです。)
Gmailは、無数の人から送られる1人へのメールを読んでもらうサービスですから、典型的な「Tool」型のサービスと言えます。RSSリーダーもこのパターンです。(このパターンの特徴をユーザー目線でいうと、自分が見ているページは、自分だけのためのものであって、むしろ他人が同じもの見ることなどを想定してない、というように感じさせているサービスです。)
ほとんどのデジタルデバイス上のメディアサービスは、上記の「Media」なのか「Community」なのか、「Tool」なのか、の3者択一のうちのどれかを基本に置きながら、この3形態がカクテルレシピのように様々なパターンで、ミックスされたりもしつつ、ユーザーの前に出現します。
そして、本連載において、対象としたいのは上記の分類でいう「想定される送信者:1 vs 想定される受信者:N」という、デジタル環境の到来以前からあった最もクラシカルな、最も狭義でのメディア形態を基本的には想定しています。
インターネット登場以前からあるアナログ&オフラインメディアのほとんどが、この意味での「狭義のMedia」形態であり、プログラマーやエンジニアではない人間が、プロの「メディア野郎」になろうとするならば、まず最初に押さえるべき、もっとも基本形となるのが、この形態だと私は思っています。
さあ、次回からはより各論に入っていきたいと思います。
皆さんの「メディア野郎」人生に幸多かれ!
田端信太郎「メディア野郎へのブートキャンプ」 バックナンバー
- 第12回 メディアとは精神の乗り物だ。(7/17)
- 第11回 編集権の独立―オウンドメディア普及の時代にこそ、発揮される価値(7/2)
- 第10回 FTの紙はなぜピンク色?-ネットメディアがブランド化するために必要なもの(6/18)
- 第9回 メディア運営に必要なソロバン計算―PVを軸にしたKPI構造の把握(6/4)
- 第8回 読者の「ペルソナ」設定が、メディア作りにおいて重要な理由〜メディア編集者は、対象読者の「イタコ」となれ!〜(5/21)
- 第7回 映画監督はなぜ「偉い」と思われるのか?リニアにコンテンツを見てもらえることは今や凄い特権だ―源氏物語からニコ動まで。コンテンツを分類する3次元マトリックス(3)(5/7)
- 第6回 「食べログ」と「ミシュラン」の違いからメディアにおける参加性と権威性を考える―源氏物語からニコ動まで。コンテンツを分類する3次元マトリックス(2)(4/23)
- 第5回 ストック型とフロー型。コンテンツ軸の性質を知って変幻自在に使いこなそう―源氏物語からニコ動まで。コンテンツを分類する3次元マトリックス(1)(4/9)
- 第4回 技術はコンテンツに対し中立でいられるのか?~CD1枚74分とサビ頭ポップソングにその真髄を見る~(3/26)
- 第3回 「スクープ」と「誤報」の曖昧な境界線とメディアが持つ影響力の本質(3/12)
- 第2回 メディアという観測者なしには世界は立ち上がらない(2/27)
- 第1回 メディアの戦場を生き抜く! ブートキャンプ始めます。(2/13)(こちらの記事です。)