Super Bowlとソーシャルメディア。
2月5日、ジョン・F・ケネディ国際空港。東京出張からニューヨークに戻って、入国審査に並ぶ。何も悪いことしてないんですけど、いつも緊張するんですよねこの審査。約5ヶ月前、ここに転勤してきた時は特にそうでした…。就労ビザで入国するのは初めてだったので、何を聞かれるんだろう、ちゃんと入れてもらえるのか?ってビクビクしてた。でもその時は結局何も聞かれず、どすどすとハンコを押した女性の入国審査官がひとこと、「Welcome to the United States!」。えっ、そんなこと言うのかおばちゃん…。これ聞いて、ちょっとだけ鳥肌立った。おばちゃんに惚れた。来たぜ!って、ぐっとやる気がでた(しかしこの数時間後に席がないことを知るのです)。
そして今回の入国審査では、いつものように「何の仕事してんの?」と質問がありました。僕も慣れた感じで「広告代理店で企画の仕事やってます!」と答える。するとおじさんの審査官がニヤッと笑って言う。「今日は広告代理店にとって大事な日だぜ!」「知らないのか?そうだ!今日はSuper Bowlだ!!いろんなコマーシャルが楽しめる日だろっ!?」おおっ!
広告業界の人だけでなく、入国審査官までSuper BowlのテレビCM合戦を知っているんだ、とびっくり。さらにこの後、「クリエイティブへの、悲しいけどよくある質問」のひとつが発動。「君の作ったコマーシャルは流れるのか?」う…。この質問に、こないだ見つけた映像のように切り返そうかとも思ったけど、もちろんそんな勇気もないので、「来年こそ作るよ!」とにっこりする。でもいつになくいい会話だったよ、審査官さん!
さあ、アパートに帰ってSuper Bowlの観戦です。僕はまだアメフトのルールがよく分からんのですが、試合が盛り上がるたびに、上の階と下の階からわおーんと、いい歳こいたおっさんたちの叫び声が聞こえます。おいおい、楽しそうじゃないかっ。そして期待のCMたち。おいおい、なかなか楽しいじゃないかっ。
もちろん、特別な日だからかもしれません。でも、CMがどれも、ユーザーを楽しませるために作られてるのがひしひしわかる。だから、YouTubeにある予告ムービーの視聴数がガンガン上がっていって、放映直後は、ファンページやら動画サイトやらにコメントが続々集まる。フォルクスワーゲンでいえば、たった数日でティザーCMは1400万回以上再生されて、本編も1000万回以上。ユーザーがわざわざ自分の時間を使って好きとか嫌いとか議論してくれる。ソーシャルメディア時代と言われる今こそ、みんなの気持ちを動かすために、CMなどの広告表現をかつてのようなエンターテインメント方向に引き戻すべきだと痛感します。マスからソーシャルの時代に変わる、とかじゃない。どっちも使えばいいんだよね。
ソーシャルとクリエイティブ。
ソーシャルメディアの話をもう少しさせてください。なんか今回はまじめだぞ。大丈夫か佐々木。さて、アメリカはソーシャルが早くから普及していたせいか、みんなのFacebookの使い方も、今は落ちついてきた気がします。日本のように、朝ごはんの写真でもブランドアプリの占い結果でも、何でもあれこれShareしちゃおう、とかじゃなくて、その人が「自分を表現する手段として意味がある」と思うものしかShareしなくなってきたような。だからコンテンツも、質の良さが重要になってきた。
そして、早くから普及していたからか、ソーシャルメディアをうまく回しますよ的な会社とか、ソーシャルメディアに詳しいとされる人(コンシューマー・エンゲージメント・オフィサー、みたいなややこしい肩書きの人)が、そこかしこにいます。僕は愛を込めて、彼らをソーシャル屋さんと呼んでいます。で、ここアメリカでも、クリエイティブの人たちの多くは、まだこのソーシャル屋さんとうまくやっていけてないんです。
こないだ、トラディショナルとデジタルの間の壁のお話をしましたよね。アメリカでは比較的、クリエイティブはデジタルに適応できていると思うのですが、デジタルの中でも、ソーシャルのところに、もうひとつ壁がある。クリエイティブがソーシャルにまだうまく入れていない。たまに、ソーシャル屋さんのなかには、ユーザーじゃなくてExcelの表しか見てないんじゃないか、という人もいるのですが、クリエイティブはその人たちとうまくケンカができない。「有名なソーシャルゲームとタイアップするだけで、KPIであるFacebookのファン数向上が実現できます」みたいな面白くない話に、興味がないからなのか、知識がないからなのか、反論できない。
もっとぶつかろうよ。そうやってファンの数を増やすことに意味があるのか、って。もっと攻めようよ。クリエイティブでソーシャルメディアを面白くできないかなって。僕は、日本でソーシャルメディアを使うクリエイティブ施策をいくつかやらせてもらったおかげもあって、このソーシャル屋さんとよくぶつかって、ケンカしちゃうんです。ソーシャルメディアって、今までのサイロを壊したのは確かだけど、決してそんなに新しいことじゃない。まだまだ、洞窟のなかで叫ぶ遊びみたいなもので、狭いコミュニティの小さな声が、やたらと大きなムーブメントのように見えちゃったりする、諸刃の剣。数千人の「いいね」と、数千万人の静かなテレビ視聴、どっちに価値があるかなんて、簡単に測れない。クリエイティブの人たちも、このおかしさに気づきつつ、ソーシャルをうまく利用して遊んでほしいなあと思います。
アメリカにも、日本にも、ソーシャルメディアを使いこなしたすてきなクリエイティブ事例は、まだ少ないと思います。「時代はソーシャル!」と言われる時代もいずれ終わります。意外と早く終わるかも。それまでに、なんか面白いのをつくらなきゃ、このあとが続かない。もっとソーシャル屋さんとケンカしなきゃ。こんな生意気なこと言ってると、さとなおさんとかタカヒロさんに怒られるかなあ。
ニューヨークも、春はすぐそこです。アパートの暖炉で使う、おそらく今シーズン最後の薪を注文しましたよ。どたばたニューヨーク生活はまだまだ続きますが、気がつけばいよいよこのコラムも次回で最終回です。待て次号!
佐々木康晴「NYクリエイティブ滞在記」バックナンバー
- 第10回 「そろそろ辞めます。もうずいぶん長くここにいるから」(2/2)
- 第9回 今日からいきなりチームの責任者、そして明後日プレゼン?何…だと…?(1/19)
- 第8回 先着20名様にプレゼントが届くコラム。(1/5)
- 第7回 アルゼンチンの空港で取り囲まれる。(12/22)
- 第6回 英語ができなくてもいい、たくましく育ってほしい。(12/8)
- 第5回 給料がもらえなかったけど、僕は元気です。(11/24)
- 第4回 イタリア人が激怒。アメリカ人は早口でまくしたて、ブラジル人は静かに笑った。そして日本人は…。(11/10)
- 第3回 東京から来た社長に、ディグダグで遊んでるところを見られる。(10/27)