超巨額訴訟時代の到来 単純な和解よりも議論を経た国や行政との責任案分の検討を
昨年11月に一部で報道されていた東電に対する株主代表訴訟が、訴訟提起請求先の株主に今年1月正式に「不提訴理由書」が送達されたことで現実のものとなったことが確認された。株主42人が新旧役員27人を相手取り総額5兆5045億円の損害賠償を東電に支払うよう求めたもので、マスコミ各社が一斉に報じた。
(株主代表訴訟の流れについては「関係者相関図」を参照)
これまでにも巨額訴訟を誘引した事件は、幾つかあった。住友商事社員による銅の不正取引事件で約2850億円という巨額の損失を出したのは、当時の取締役が不正防止や調査を怠ったためだとして株主から2005億円の賠償を求める株主代表訴訟が起こされたものや、大和銀行(当時)のニューヨーク支店の不正取引にからみ、取締役及び監査役合計49人に対して1551億円の賠償を求めたものなど、当時の訴訟状況からは考えられない巨額な訴訟として新聞紙面の一面をかざった。
最終的に住友商事事件は大阪地裁で4億3000万円で和解したが、大和銀行事件では同じ大阪地裁で株主側の主張を一部認め、当時の取締役ニューヨーク支店長に単独で約567億円、他の頭取を含む現・元役員11人に約262億円を支払うよう命じた後、大阪高裁で49人の被告に対して全員で2億5000万円を大和銀行へ支払う和解が成立している。
一方、役員にとって最悪となった事件もある。蛇の目ミシンの株主代表訴訟では仕手集団「光進」に対して利益供与を行った旧経営陣5人に対して、1審2審ともに旧経営陣の過失を認めなかったが、最高裁まで争った結果、583億円の賠償が確定し一人当たりの賠償額はこれまでの最高額(116.6億円相当)となった。
リスク管理が経営者の重大な責任に!
株主代表訴訟が提起される訴因となるものは、主に(1)経営陣の個別的法令違反、(2)経営判断ミス、(3)リスク管理の懈怠やリスクの早期発見体制の整備不良である。最近の事例はこの「リスク管理やリスクの早期発見体制の整備」が内部統制上も重視されており、日本航空電子工業事件、高島屋事件、住友商事事件、大和銀行事件、野村証券事件などが、内部統制上の態勢に問題ありとして株主代表訴訟が提起された。
報道によれば、東電経営陣に対する株主代表訴訟は、事故当時の役員18人のほか、文部科学省が2002年7月三陸沖でマグニチュード8クラスの地震が起きるとの長期評価を発表した以降の社長、会長、原発担当役員が対象となっている。当時の経営陣は、社内試算でも最高15.7メートルの津波が福島第一原発を襲う可能性が指摘され、また、2009年には原子力安全・保安院から、かつて津波を伴った貞観(じょうがん)地震を踏まえた検討を促されていたにもかかわらず、それらの警告を無視し、具体的対策を講じないまま東日本大震災による莫大な損害を会社に生じさせたとして、「リスク管理の懈怠」を主な訴因として株主代表訴訟の被告となっている。
5兆5045億円という賠償額は、国内民事訴訟としての最高額というばかりでなく天文学的金額である。日本の23年度一般会計歳出総額92.4兆円の約6%に相当し、米国の安全保障支出額とほぼ同じである。しかし、東電に対する株主代表訴訟のポイントは単に巨額訴訟という点よりも国や行政との間に過失相殺という考え方が適用されるかどうかにある。原子力発電所という非常にリスクを伴う運営を企業だけに依存することは疑問があり、行政や国そのものがどう関わるかが今後の課題となっている昨今、民事上の責任においても被告の弁護士団がどのような戦略で被告役員を弁護していくのか非常に興味深い。仮に国や行政の責任に及んだ場合、最高裁まで争われる可能性が高い。そのときどのような判断がなされるのか、今から注視していきたい。
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