永友鎬載(電通 コピーライター/2000年秋・基礎コース、2001年春・上級コース修了)
ふと思ったんですけど、このコラムは
「ある若手広告人の日常」という名前ですが、
34歳ってもう若手じゃないですよね。
広告業界もおそらく高齢化しているから、
お笑い芸人のように30代半ばでも
若手カテゴリーになるんでしょうか。
バラエティー番組のひな段でいう中段あたりには
なんとか座っていたいところです。
司会からトークをふられて、
すぐさまうまく切り返せるかどうか。
それによって自分の仕事の今後が決まって来る。
広告クリエイティブの仕事もこれと似ている気がします。
今回書かせていただく僕の失敗は、
そのあたりに関わってくることです。
僕が電通に入って最初にとまどったことは、
スピード感だったように思います。
入社から5年間、山田尚武さんというCDの部に
僕は所属していたのですが、情けない話、
いっしょに仕事をさせていただいて山田さんに
ほめられたことはほとんどありません。
山田さんはCDとしての能力も当然素晴らしい
のですが、コピーがおそろしくうまく、
ボディコピーは天才的で、
僕自身がコピーライターを名乗るのが
恥ずかしくなるくらいの存在です。
打ち合わせにコピーを持って行っても、
山田さんがその場で言うコピーのほうが
遥かによくて、何度も打ちのめされました。
書いたボディコピーを見てもらっても、
山田さんが「たとえばさあ」と言って口述する
ボディコピーのほうが圧倒的によくて、
この仕事で自分は何を残せたんだろう…
と思うことが幾度となくありました。
そんな山田さんに僕はいっぱい叱られました。
たとえば打ち合わせで、
いいコピーを持って行けなかったとき。
「すみません、また考え直します。
持ち帰ります」は、
ほとんど通用しませんでした。
山田さんに言われたのは
「友達から恋愛相談されたら、
いちど持ち帰って意見を言うの?」
説教の言葉もうまくて、ぐうの音も出ません。
CDがバラエティー番組でいう司会者とするなら、
トークをふられてその場でうまく切り返せないと、
芸人(コピーライター)は次の番組(仕事)に
呼んでもらえない。
何も言えないのは論外。スベってもいいから、
とにかく何かしら返そう。
そんな心構えを植え付けられました。
山田さんにはほかにもいろいろと叱られましたが、
実はエバーノートに細かくメモっていて、
仕事に役立てています。
先月から異動されて局が変わりましたが、
山田さんにはいつかほめられたいなと思います。
と、締めくくると
なんかきれいごと言ってるなという気もするので、
いい仕事をして、悔しがらせたいなと思います。
永友鎬載(ながともこうさい)
1978年高知県生まれ。電通 第2クリエーティブプランニング局コピーライター。TCC最高新人賞、朝日広告賞、広告電通賞、消費者のためになったコンクール・経済産業大臣賞、日本雑誌広告賞など受賞。
バックナンバー
コピーライター養成講座卒業生が語る ある若手広告人の日常
- 2012年4月 大津健一「幸運の女神は最終講義で微笑んだ」
- 2012年3月 大重絵里「考え続けられる人が、輝いている」
- 2012年2月 山川力也「コピー」じゃなくて、「いいコピー」を書くために。
- 2012年1月 安田健一「土俵に上がれない時代は、土俵づくりから。」
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