アラブの春の行方は砂嵐

高橋 和夫(放送大学教授)

問われている日本からの支援のあり方

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アラブの春はソーシャルメディアだけで語れるほど単純ではない。ソーシャルメディアと内外のマスメディアが連携し、民主化を求める人々の「思い」とつながったのだ。ビジネスツールとしてだけでなく、政治や社会の問題解決を後押しするツールとしての役割にも期待が寄せられる(Photo by LeStudio1.com)。

ツイッターやフェイスブックだけで倒れるほどアラブ世界の独裁体制は、軟弱ではない。ツイッターなどの21世紀型のソーシャル・ネットワーク・メディアは、アラブ社会に蓄積されて濃縮されていた社会的不満に火を点ける役割を果たした。その火を大きくしたのは、アルジャジーラに代表される20世紀末型メディアである衛星テレビ放送であった。しかし、一番重要な事実は、蓄積された爆発のエネルギー量の大きさであった。その蓄積の過程で大きな役割を果たしたのは、人口爆発であり、失業問題であり、経済格差であり、政治の腐敗の問題であった。

アラビアン・カクテル

すべての大きな社会現象と同様に、アラブの春の背景も単純ではない。社会的な、政治的な、そして経済的な要因が絡み合っている。具体的には、社会的な要因は人口の急激な増大と、それに付随して発生した問題である。政治的な要因は、政権の正統性の欠如である。そして、長期独裁政権が、ちょうど世代交代の時期を迎えていたというタイミングの問題である。さらに経済問題として、アラブの春の嵐にさらされた政権は、いずれも経済発展に失敗し、深刻な経済格差の問題に直面していた。その上、高い失業率に苦しんでいた。こうした様々な要因の融合を「アラビアン・カクテル」と呼び、前世紀末から筆者は、その爆発性の高さを警告してきた。アラブ社会を見つめてきた人間には、アラブの春の到来は驚きではなかった。

そして、その行方はさながら砂嵐である。

~中略~

オペラからオダンゴへ

この嵐の中で日本には何ができるのだろうか。見通しがきかない中で何をなすべきだろうか。どう政治が変わっても、どんな政権が誕生してもアラブ世界の人々に感謝される努力を日本外交に望みたい。カイロには日本の援助で建設されたオペラ・ハウスがそそり立っている。しかし、1日2ドルで生活する庶民には無縁の建物である。エジプトの庶民が求めたのはプッチーニではなく、パンであり尊厳であった。なぜ日本の納税者のツケで、ファラオのように君臨したムバラクと取り巻きの層のためのオペラ・ハウスを建設したのだろうか。なぜ貧しい人々のための病院を建設しなかったのだろうか。失業に悩む若者たちのための職業訓練センターを建設しなかったのだろうか。アラブ世界は変わりつつある。日本の外交も変わるべきである。

日本の厳しい経済状況から判断すれば、これまでのような巨額の資金を要する大型のハコモノの援助というのは難しい。となれば、いかに日本の存在感を守るべきだろうか。モノではなく、ヒトによって日本は存在感を維持すべきだろう。つまり多くの日本人を送りこむことによってである。

ODA(政府開発援助)をNGO(非政府機関)に通して使うのが1つの道だろう。これは援助業界ではオダンゴとして知られる。ODAとNGOをくっつけて読むとODANGOオダンゴになるからだ。多くの若者を現地に送り込み、きめの細かい人道援助を行いたい。これまでの顔の見えない日本との批判はなくなるだろう。現地に詳しいNGO以外に、そうした任務を担える組織は存在しない。パレスチナ難民支援などで、日本のNGOは地道な実績を積み上げている。

現地での経験がNGOを強くし、それが日本のためにもなっている。たとえば東北での震災被害者への支援で活躍しているNGOの多くが、中東などでの人道支援の経験を生かしている。まさに情けは人のためならずである。オペラではなく、オダンゴが日本の新しい方向だろう。

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高橋 和夫(たかはし かずお)
福岡県北九州市生まれ、大阪外国語大学ペルシア語科卒業、ニューヨークのコロンビア大学の国際関係論修士、クウェート大学の客員研究員などを経て現職は放送大学教授、26刷に入ったロングセラーの『アラブとイスラエル』(講談社新書、1992年)など多数の著書がある。放送大学ではテレビ科目『現代の国際政治』、『世界の中の日本』、ラジオ科目『異文化の交流と共存』などを担当している。国際政治と中東情勢をわかる言葉で伝えたいと努めてきた。http://ameblo.jp/t-kazuo

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