見込み客に「見つけられる」ためのマーケティング
ARF(全米広告調査協会)の“Audience Measurement”や、AAAA(全米広告業協会)、ANA(広告主協会)のような業界団体が行うイベント、WOMMA(クチコミマーケティング協会)が行うイベントなど、アメリカでは数多くの業界イベントが開かれている。レガシーで大きな業界団体のイベントに対して、デジタルを中心とした新しい業界のイベントについては、当初は小さかったものが徐々に大きくなっていき、数千人規模のイベントに成長することがある。日本でも開催されるようになった ad:tech も最初はそれほどの巨大イベントではなかったものの、例えばサンフランシスコ会場ではappleのWWDCの会場と同じ場所を使うぐらいになっている。
必ずしも日本のデジタル領域のマーケティングが「遅れている」とは思わないが、しかし明らかにマーケティングの次の潮流はアメリカのどこかで起こっており、そのムーブメントはやはり「小さな」イベントから始まることが多い。この記事を書きだしたのは6月12日のサンフランシスコ。数日のボストン滞在を経て、この場所にいる理由は、今後大きなムーブメントになりそうな領域の「小さな」イベントに参加するためである。
最初に ad:techに参加した時も、私のほかには日本人は織田浩一さん含め、片手の人数しかおらず、それが初めての日本人参加者であり、天正遣欧少年使節か、岩倉使節団か、はたまた遣隋使・遣唐使のようなものだった(とはいえ、ほとんどの人が米国在住だったけれども)。その ad:tech も巨大イベントになったが、当時ですら数百人~千人規模のイベントだったのに対し、今回は席数が28×5、つまり最大で140人であり、サンフランシスコのフィッシャーマンズワーフから少し離れた倉庫のような会場で行われるような、非常に小さなかつマイナーなイベントである(今は)。その名も「Inbound Marketing Summit」。日本でも一部で語られるようになった「インバウンドマーケティング」のイベントである。
「インバウンドマーケティング」とは、Brian Halligan、Dharmesh Shah そして David Meerman Scottという、HubSpot という企業の創業者とボードメンバーによって流布された言葉であり、これまでの広告媒体の枠を購入したり、業界イベントに積極的に出ていくという「Outbound (外側に向かう)」マーケティングに対して、見込み客のほうから近寄ってきてくれるような「Inbound (内側に向かう)」マーケティングを指す。
David Meerman Scott については『The New Rules of Marketing & PR』(邦題『マーケティングとPRの実践ネット戦略』)の著者で、DavidとBrianは共著で『Marketing Lessons from the Grateful Dead』(邦題『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』)という本を出しており、これらの本の背景にも「Inbound」の視点が入っている、ということがわかって読むとより深く読めるのではないかと思う。
さて、「Inbound marketing」でもっとも重要な考え方は「get found(見つけられる)」ということ。ターゲットする見込み客に自分たちが「見つけられる」ためのマーケティングを行うことが、「インバウンドマーケティング」の第一ステージだと言える。そのために重要なのがコンテンツなので、その部分に注目した場合は「content marketing」と呼ばれることもあるが、ほぼ同じムーブメントである。
オンラインマーケティング、デジタル領域のクリエイティブの世界では長らく「content is king」と言われてきたが、Inbound marketing の世界ではむしろ「content does matter」と言ったほうが正しい。検索行動が普通のものとなり、ソーシャルメディアが普及した今では、企業が生み出した king なコンテンツとはいえ何の策も講じなければ素通りされてしまう可能性がある。自分たちが必要とするターゲット層にとって役立つもの(useful)でなければ、気難しく、選り好みする(picky)な人々の足を留める(目を奪う、時間を奪う)ことなどできない。
中小企業のオンラインマーケティングを救う、ポストSEM的手法
Content Marketingという言葉を口にすると「コンテンツを使ったマーケティングだろ?」ということで、10年ぐらい前に現役で広告・マーケティングを行っていた人なら、“BMW Films”などのBranded Entertainmentもコンテンツを使ったマーケティングだったじゃない、と思うだろう。私自身、第2回の東京インタラクティブ・アド・アワードでグランプリを頂いた「日産 WebCINEMA TRUNK」というオンラインでのBranded Entertainmentを手がけていたこともあり、同様の感を一部持っていた。
しかしながら、従来型メディアやメガサイトでの広告枠が、単価が高く、中小の広告主には購入しにくいのと同じように、Branded Entertainment のようなマーケティング手法は、非常に大きな制作コストをかけ、またそれらに呼び込むための「広告のための広告」を打つ必要があるなど、大手の広告主でないとなかなか手を出すのが難しい。
それに対して、今、Content Marketingと呼ばれるものは、ソーシャルメディアなどによって、情報の伝播が消費者の手によって行われやすくなったことと、それによって生まれている情報のパイプライン上に、どんな規模の企業であっても情報をのせやすくなったことを背景に、自社の潜在的・顕在的ユーザーに対して良質なコンテンツを提供することでエンゲージメントを構築することを指す。SEOやソーシャルメディアの活用(=Web PR: USでは“Web PR”といえばソーシャルメディアを使って情報を拡げることを指す意味になりつつあり、日本のように有料で媒体社の記事にように配信することではなない)ができるようになったことで、安価に人々とつながることができるようになったことは、マーケティングの時代変化を語る上で外せないが、その最右翼に contentを重要視する、Inbound marketing があるのである。
ただし、Inbound marketingはcontentを重視するものの、それは全体を構成する1コンポーネントにすぎない。Inbound marketingは、SEO、ソーシャルメディアマーケティング、動画、ブログ、Webinar や White paper、メールマーケティングなどなどを組み合わせたものと考えたほうがいい。Social media marketing や blog marketing、Facebook marketing、Twitter marketingなどのように、特定のプラットフォームやツールを対象にしたマーケティングではなく、それらを集合させた オンラインにおける integrated なマーケティングが Inbound marketingなのだ。
これまでのマーケティングが、“Rent an Audience”だったのに対し、“Build Assets”、つまり、人々のリーチを借りる・買う時代から、自分たちのブランドアセットを作ることでマーケティングを進めていこうというマーケティングの姿勢である。それゆえ、Inbound marketing は、検索連動型広告やアフィリエイト広告の流れの次、そしていわゆるオウンドメディアマーケティングと出会うところに存在するマーケティング手法だと考えている。主に中小企業やとくにB2Bに注目されているこのInbound marketingについて、summitの様子も含め、複数回に渡って書いていきたいと思う。(続く)
次回は6月22日に掲載します。
高広伯彦の“メディアと広告”概論 バックナンバー
- 第21回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:6(9/26)
- 第20回 コンテクストが理解されにくい背景~ツイッターで誤解がおきやすい理由(6/6)
- 第19回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:5(5/16)
- 第18回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:4(5/9)
- 第17回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:3(4/25)
- 第16回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:2(4/18)
- 第15回 ソーシャルメディアの時代なので、クチコミマーケティングを再考しよう:1(3/7)
- 第14回 検索連動型広告がもたらした「悪しき」広告観(2/28)
- 第13回 広告主が求めているのは、代理店の新しいメニュー(2/21)