カンヌは一体何を評価しているのか(カンヌその2)

「今年のカンヌをひとことでいうと?」
「2012年の潮流は?」
と、カンヌから帰ってくるとよく訊かれます。
でも今回は「2012年のカンヌ」でなく、もっと普遍的に「カンヌは一体何を評価しているのか?」という視点から、今年の受賞作をまとめてみようと思います。

カンヌにかかわらず、審査委員たちが審査中によく言う言葉があります。
「これをブックに載せていいのか?」

「ブック」とは受賞作が載っている年鑑のようなもの。
審査員にとって「ブック」は、その広告賞のクオリティを決めるものであると同時に、広告産業の歴史に残すものという認識があります。
つまり、「広告の歴史の教科書に乗せてもいいか?」といった意識で審査しているのだと思います。

歴史の教科書に載せるべきものとは一体何でしょうか。
単に面白い広告や、単に成功したありがちなキャンペーンじゃ、教科書に載せるには値しませんよね。
僕は、以下の5つだと思っています。

  1. 最速
  2. 偉業
  3. 時代
  4. 円熟
  5. 発掘

僕は、カンヌで受賞する作品は、だいたいこのうちのどれか、ひとつかふたつに当てはまると思っています。
この5つを順に事例と共に説明していきます。

1、最速

他の誰よりも早く最初に実現したもの。最新の技術をいち早く使ったもの。

織田信長が初めて鉄砲隊を使って武田騎馬隊を破った長篠の戦いとか、人類初の月面着陸とか、そういう史上初のものは歴史の教科書に載りますよね。変化の速い広告の世界では、一番最初に実現したものは、それだけで「新しい」という賞賛に値するのです。最新の技術やメディアをスピーディに応用して、コミュニケーション産業を進化させたパイオニアだからです。

僕はこれを「最速」と呼んでいます。

今年の受賞作でいうと、
チタニウムライオンとサイバーライオンのグランプリをとった「NIKE+ FUELBAND」がまさにそうですし、翻訳機能やストリートビューを使ってスマートフォンとベンダーで交流できるしくみをつくったGoogleの「HILLTOP RE-IMAGINED FOR COCA-COLA」や、透明人間のような背景が透けるクルマを作って環境負荷ゼロを訴えたメルセデスの「THE INVISIBLE DRIVE」も新しいテクノロジーをいち早く応用しています。トヨタの「BACKSEAT DRIVER」もスマートフォンの技術を使って子供向けアプリを作ったという点で「最速」だと思います。

過去の受賞作ではたとえば、
24時間流れ続ける動画でデジタルエンタテイメントの扉を開いた「UNIQLOCK」や、Flash9の技術をいち早く活用して、他人のプライベートの覗き見体験を実現した「HBO VOYEUR」、フェイスブックなどのパーソナルデータを吸い上げた「映し鏡」などはデジタルテクノロジーを活用した「最速」のケースでしょう。

古くは、2004年にサイバーライオンのグランプリをとったNECの「ECOTONOHA」。まだSNSができる何年も前に、世界で初めてユーザーのツイートを樹木でデザインした、真に「最速」のケースでした。

デジタルテクノロジーで強みを持つ日本は、昔からこの「最速」文脈で強いのです。

2、偉業

他の誰にもできないすごいことを実現したもの。

日本史における聖武天皇の大仏建立とか、世界史だとナポレオンのヨーロッパ遠征とか、ピラミッドや万里の長城とか、そういった「これはすごい」というものは教科書に載りますよね。
クライアントの決断も含めて、実現した勇気が賞賛に値するものや、その結果歴史上に残る大きな成果を生み出したものを、僕は「偉業」と呼んでいます。

今年の受賞作では、
アメリカ政府を動かして、アメリカ人の消費行動を変えるに至ったAMEXの「SMALL BUSINESS GETS AN OFFICIAL DAY」や、ある一日だけ、数社のCMの役者をダウン症の人に変えてしまった「INTEGRATION DAY」などが「偉業」に当たると思います。

過去の受賞作では、
二十数億円の制作費でCMを作ったNIKEの「WRITE THE FUTURE」や、自叙伝に出てくるシーンを次々アウトドア広告として現実に出現した「DECODE JAY-Z WITH BING」、草の根のソーシャルムーブメントで資本と権力に勝る共和党を破った「オバマ大統領選」、古くは、すべてのマス広告予算をウェブムービーに投下した2003年の「BMW FILMS」などが「偉業」だと思います。

「偉業」はすごいけど、たいてい自分にはマネできないものだったりします。
だから、嫉妬でなく、「すごいなあ、よくやったなあ」という尊敬と畏敬の念にかられます。

3、時代

その時代の問題に的確に応え、鮮やかに解決したもの。

徳川吉宗が行った享保の改革とか、世界恐慌の時にルーズベルト大統領が行ったニューディール政策のように、その時代の難題を解決した出来事は歴史の教科書に載ってますよね。
コミュニケーションも、時として一見解決困難に見える時代のイシューを鮮やかに解決することがあります。

このような、時代性をがっちりとらえた瞬発力や課題解決力が賞賛されたものを僕は「時代」と呼んでいます。

今年の受賞作だと、
パレスチナとイスラエルの悲しい紛争を献血でつないだ「BLOOD RELATIONS」や、仕分けで廃止されそうになった図書館を救った「BOOK BURNING PARTY」、ホンダの「CONNECTING LIFELINES」やグーグルの「MEMORIES FOR THE FUTURE」などの日本の震災復興ものが「時代」にあたると思います。

過去の受賞作で「時代を捉えたな」と思ったものは、
リーマンショック後の大不況を逆手にとって、グレートバリアリーフの島の管理人を破格の高給で募集した「BEST JOB IN THE WORLD」、オーストラリアの洪水を忘れないためにウィスキーを作った「WATERMARK」などがそれだと思います。

広告は「時代」を映す鏡と言われたりしますよね。その年の受賞作を見ると当時の時代の空気が思い出されたりすることがあります。

4、円熟

アイデアは新しくないが仕上げを半端ないクオリティに仕上げたもの。

バッハはバロックの完成型、ベートーベンは交響曲の完成型、ビートルズはロックの完成型ということができると思います。それぞれ最初に発明した人ではないけれど、そのクオリティを頂点にまで円熟させたという点で歴史の教科書に載っています。
「円熟」とは既存の手法をベースに、エグゼキューションのクオリティの圧倒的な高さで人の心を動かしたもの。クラフトというカテゴリーはほぼ全てこの「円熟」に当たります。

今年の受賞作では、
TNTというドラマチャンネルが街でドタバタアクションを繰り広げた「PUSH TO ADD DRAMA」や、カールスバーグが映画館にこわもて男を集めてお客の勇気を試した「BIKERS」など、いわゆる「どっきりスタント」もの。これらは2年ほど前に流行った手法で新しくはないのですが、圧倒的に円熟度が高い。「THE CNN ECOSPHERE」は、「最速」で紹介した「エコトノハ」とほぼ同じツイートの樹木化というアイデアですが、3Dインタラクティブの圧倒的な美しさで「円熟」させています。

僕が大好きな「CANAL +BEAR」もフィルムクラフトのグランプリをとりました。

過去の受賞作で、「クラフトがすごい」と思ったのは、
「OLD SPICE」やプーマ「AFTERHOUR ATHLITE」、クライスラー「BORN OF FIRE」、サムソナイトの「HEAVEN AND HELL」など、CMやグラフィックには「円熟」に当たるものが多いと思います。

今年は、テクノロジーやメディアに大きなイノベーションはなかった年だと思います。全体として「円熟」の年だったのではないでしょうか。

5、発掘

誰でも思いつくことができるし、どの時代でも実現できたはずだが、誰も手をつけなかった未開拓のアイデアを実現したもの。

日本史の教科書に、モースというアメリカ人の学者が列車の車窓を眺めていて大森貝塚を発見した話が書いてありますよね。
「発掘」とは、別に新しくも時代特有でもなければ、すごい大変なことをやったわけではないけど、誰も手をつけていなかったアイデアを発掘して実現したもの。「やられた」という感じがするものです。

今年の受賞作では、
ヒンディ語と英語のアルファベットの共通点をデザインして、観光客がヒンディの発音を読めるようにした「THE HINGLISH PROJECT」や、紫外線に反応するインクを使ってソーラーパワーを体験させた「THE SOLAR ANNUAL REPORT」、ビーチのシャワーがスプライトになっている「SPRITE SHOWER」などがまさに「発掘」ですね。

過去の受賞作で「やられた」と思ったのは、
来店すると自分が表紙のカタログを作ってくれる「IKEA CATALOGUE」、バンドがバナーの中で演奏する「BANNER CONCERT」、友達と肩車してコカコーラを買う「FRENDSHIP MASHINE」が印象的です。

僕は、「発掘」が一番うらやましいし、くやしいと思います。

もちろんこの中のふたつ以上を満たしている仕事もたくさんあります。
たとえば「MUSEUM OF ME」は、フェイスブックがタイムラインをはじめるずっと前に、個人の自叙伝を作るしくみを発明したという点では「最速」ですし、パーソナルデータを使ったコンテンツを圧倒的なクラフトに高めたという点では「円熟」だと思います。

最速、偉業、時代、円熟、発掘。

広告やキャンペーンを見るときに、作り手視点や、受け手視点だけでなく、選び手視点で、
「この仕事は歴史の教科書に載せるべきかどうか?」
「5つのどの文脈で評価すべきだろうか?」
と思いながら見ると、さらに面白いと思います。

木村健太郎「やかん沸騰日記」バックナンバー

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木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)
木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

コミュニケーションデザイン実践講座ほか宣伝会議講師。

twitter ID: tabinokanata
Facebook: http://www.facebook.com/kimurakentaro
Hakuhodo Kettle: http://www.kettle.co.jp/

木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

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