韓国第2の都市釜山(プサン)。
成田から飛行機でわずか2時間、福岡からフェリーで3時間の、日本に一番近い外国ともいえるこの海沿いの街に、国際広告祭、つまりインターナショナルアドアワードがあるのです。
その名はAD STARS。今年で5年目を迎えます。
どんな広告祭なのでしょうか。
週末、授賞式の日だけ参加する機会を得たのでその話をします。
空港からタクシーで海沿いの街の中心部を走り抜けて1時間ほどで会場に到着。
BEXCOという日本でいえば幕張メッセのようなコンベンションセンターです。
会場に入るとすでに初日の授賞式が始まっていました。
あれ、司会は韓国語で話しているぞ。インターナショナルなのに。
隣に英語に訳す女性の司会もいるのですが、ポイントしか英語にしてくれません。
国際広告賞とはいえ、参加者のほとんどは韓国人だから仕方ないのですね。
また、この広告祭は「アジア」でなく「インターナショナル」なので、世界中どの国からも応募できますが、受賞作のほとんどはアジアのものでした。
ほどなく授賞式も終わり、審査員たちに交じってパーティに参加しました。
これまであちこちで審査をしてきたので、久しぶりに会う審査員仲間にたくさん会います。
さっそく「審査はどうだった?」と審査員のYan Yeoさん(JWT上海)に聞いてみました。
通常、審査員にとっては、激しい議論を繰り広げた緊張感から解放される審査終了後のひとときは最高に気持ちがいいものなのです。
ところが、渋い表情とともに「いやあ、荒れたよ。審査は混乱を極めたし、今日の授賞式の結果は僕ら審査員が決めたカテゴリー分けと違うんだ」という答えが返ってきました。
どんな審査だったのか、審査員の野添剛士さん(博報堂)の話を聞きました。
「AD STARSは、後発の新しい広告賞だから、他の広告賞と差別化するために、違う審査方法を採用したい。そこでここではメディア別のカテゴリーでなく、産業別のカテゴリーで審査するスタイルなんです」
カンヌをはじめとするほとんどの広告賞のカテゴリーは、フィルムとかラジオとかインタラクティブとかそういった「メディア別」になっていて、その下に、食品とか自動車とかトイレタリーのような「産業別」のサブカテゴリーがあります。
AD STARSはこのカテゴリーとサブカテゴリーをひっくり返した構造なのです。
最近メディア別カテゴリーの違いがあいまいになってきたり受賞作がダブったりするので、メディアに関わらずに、たとえば「自動車」で一番いいキャンペーンを選べばシンプルなんじゃないか、という意見をよく聞きます。僕もそれはそれで合理的だなと頭では思っていました。
「ところが、実際にやってみると、現実的には産業別では審査が難しい。同じ自動車でも、美しいクラフトのポスターと、イノベーティブなデジタル施策と、市場成果を出した統合キャンペーンを比較せよといわれても、どういう基準で評価すればいいかがわからない。僕ら審査員が、メディア別の審査に慣れているのもあるかもしれませんけど」(野添さん)
なるほど。頭でいいと思っても実際やってみるとそうじゃないことってあるんですよね。
さてその顛末はどうなったのか。審査員の高野文隆さん(ADK)はこう語ります。
「実はここでも最初の分科会のステップではメディア別審査だったんです。しかしその後みんなで集まって産業別に並べ直して審査する段階で完全にスタックしてしまった。そこで韓国の審査員から、やっぱりメディア別に戻そうという提議が出て、みんなが賛成してルールをチェンジしたんです。そしてメディア別にゴールドを選び直したんです」
これは僕も何度か経験があります。
審査員が決議して事務局と折衝して審査のルールを変える。
こういうダイナミズムが広告祭を進化させていくんだと思います。
「ところがですよ、今日の授賞式では、カテゴリーがもとの産業別に戻ってしまっているんです」(高野さん)
なるほど、確かにそうでした。
これがYan Yeoさんの渋い表情の理由だったようですね。
でも僕は、この事務局の判断も理解できるような気がします。
熟練の審査員たちはともすると保守的であることが多いものです。
AD STARSの事務局は、たとえ審査員が全員で決議したルールチェンジであっても、伝統的なスタイルとは違う独自のスタイルを目指すという、自分たちの個性作りをあきらめたくなかったのでしょう。
さて、翌日の授賞式では、Young Starと呼ばれる、学生コンテストのコーナーがありました。
韓国や日本を含むアジア各国やロシアから参加した学生のチームが、与えられた課題を競い、入賞チームはお揃いのTシャツを着て壇上で大喜び。カンヌやアドフェストのヤング部門に引けを取らないくらい盛り上がっています。
プレゼンに使うケーススタディビデオもプロが作ったのではと思うほどのクオリティでした。
「韓国は教育大国。AD STARSは広告業界の祭典である以上に、若手教育の場として考えられていると思う。特に韓国の学生たちは、ケーススタディビデオの文脈を学校で勉強しているらしく、ビデオの作り方がめちゃくちゃうまい。学生がいきなりエントリービデオの作り方から入るのには賛否あると思うけど、統合キャンペーンの時代だし、なによりこのハングリーさは見習うべきかもしれないね」と高野さん。
そういえば、作品展示の会場で、学生たちを引率して、ボードをひとつひとつ説明するガイドツアーが行われていました。
みんな真剣にメモを取り、質問していました。
これは他の国の広告祭では見られない光景です。
昨年初めてカンヌでグランプリを受賞したこの国の、次世代育成への情熱が伝わってきます。
授賞式の最後はふたつのグランドグランプリの発表。
幸運にも僕らのエントリーしたGoogle Chromeの「初音ミク」のキャンペーンがプロダクト&サービス部門のグランドグランプリに選ばれました。
僕は今年は当たり年で、「Dear Japan, from Phuket」と「未来へのキオク」に次ぐ3つ目のグランプリをいただいてしまいましたが、この仕事に関してはミクへの愛のない僕の活躍は2ミリ程度しかなく、CD本山敬一の不屈の情熱が実現したキャンペーンです。
日本のキャラクターが韓国でグランプリをとるというのは韓流の逆の文化交流で素敵なことだし、この受賞がネット上でつながる無数の草の根クリエーター達をエンカレッジできたらうれしいことだと思います。
もう一つの公共部門のグランドグランプリは、フィリピンのBBDO Guerreroが制作したペプシの「Bottle Light」。
電気の使えない最も貧しい住居地域では実は昼の間、室内が暗い。そこで空いたペットボトルに漂白剤とともに水を入れて、トタン屋根に穴をあけてセメントでそれを取り付けると、太陽光を集めて55ワット分の電球と同じ光を発するのです。
人々から集めたペットボトルを使ったこのBottle Lightを2万戸に設置。ケニアやべトナム、インドネシアなどにも波及させているキャンペーンです。
昨年グランドグランプリをとった審査員の川地哲史さん(東急エージェンシー)はこう言います。
「去年呼ばれて来たときはなんだか学芸会テイストだなと思ったけど、今年はそれに比べると格段に進化している。でも、ここまで来るのに5年かかるということなのでしょう。カンヌもアドフェストもおそらく最初はこうだったはず。来年のAD STARSは今年の混乱から多くを学んでもっと進化するでしょう」
そして最後に野添さんの言葉が印象的でした。
「この広告賞はまだまだ途上。未熟な部分を探せばいくらでも指摘できると思う。でも大事なのは、日本はチャレンジしていない国際広告賞の設立ということを、この国は国を挙げて始めたということ、海外から審査員を呼んでインターナショナルな審査を確立しようとしていること、そしてそれをもう5年間続けていること。日本はそのチャレンジさえ始めていない」
数年前に、インドネシアの国内賞の審査員をしたときも、7人の審査員のうち僕を含めて4人が外国人でした。
主催者側にその理由を聞いたら「審査の私物化を防ぐため」と「グローバルな審査基準を導入するため」だと言っていました。
審査の中立性を保ち、業界の進化を加速させるためには、外部の血を入れることはとても大事なことだと思います。
今後日本で新しい国際広告賞を作るにしろ作らないにしろ、インターナショナルな基準の審査を目指すのであれば、国内賞からでも海外からの審査員が過半数の審査を始める時期なのではないか。
今回伸び行くAD STARSに参加してあらためてそう思いました。
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