中村洋基さんに聞く(前編)「世界をつまらなくしているものに抗いつづける」

3年前のある日、まだ電通にいた、中村洋基さんから、電話がかかってきました。

中村洋基さんと僕は、面識はありませんでしたが、僕が手がけていた、トイレットペーパーの売り上げの一部で東ティモールにトイレをつくる「nepia 千のトイレプロジェクト」のことを知り、話しに来てくれたのです。その頃の僕はまだ、社会貢献と広告を融合しようとする試みの、暗中模索のまっただ中。(今もそうですが)当時、中村洋基さんは、すでにWeb広告の世界でたくさんの賞を獲っていて、そういう人が、「社会をよくする」ということに対して関心を持っているということが、内心とてもうれしかったのを覚えています。

それからしばらくして、僕は、中村洋基さんに、「電通の未来を探るために、電通にいるみんなが望む夢を可視化する」という自主プロジェクトをはじめようと声をかけました。このプロジェクトは、中村洋基さんが電通をやめてPARTYを立ち上げ、立ち消えてしまいましたが、実は、その想いが、ずっと僕の心の中にくすぶっていて、それが、このCOMMUNICATION SHIFTの連載にもつながったのです。

広告の未来の話をしよう。
COMMUNICATION SHIFT

第3回は、PARTY中村洋基さんです。

中村洋基 プロフィール:
早稲田大学第一文学部在学中からフリーのWebデザイナー・エンジニアを経て、2002年に電通へ。 当初は、斬新なアプローチのバナー広告を次々と発表していたが、やがてキャンペーン全体を手がけるようになる。Web技術から広告アイデアを企画するテクニカル ディレクターとして活躍。2011年4月より、株式会社パーティー クリエイティブ ディレクター。カンヌ国際広告祭金賞、One Show Interactive金賞、ロンドン広告賞グランプリ、AdFest Cyber/Innovaグランプリ、D&ADなど、内外200以上の広告賞を受賞、審査員歴多数。共著書に『Webデザインの「プロだから考えること」』がある。

インターネットコンテンツの価値は、「なんじゃこりゃー」と「クソ面白い」しかない。

並河:PARTYにいってから、こうやってゆっくり話すのは、はじめてですよね。

中村:電通をやめるちょうど一週間前に、電通の社内の自主プロジェクトの打ち合わせで、「電通をどうよくしていくか」というのを、並河さんと話していたんですよね。でも、僕がずっと押し黙っていて(笑)。まだ、電通をやめるというのをみんなに言っていなかったときだったんです。

並河:なんか様子が変だなと(笑)。
あのプロジェクトは、電通の未来は、電通にいる僕らが望んでいる以上のものにはならないから、まず僕らがどんな未来を望んでいるのかを可視化してみたい、と思ってはじめたもの。電通だけでなく、広告の世界全体に広げて、今日は、あの続きを話せたらと思います。

中村:今日の対談にそなえて、ざっくり考えてみたものの、僕はそんなに、「広告のこれからの役割」なんていう手厳しいものを語りたくはなくて、「面白いコンテンツ」をその場その場で生み出すことがその答えだ、と思っているんです。振り返ってみると、僕は、2002年に電通にバイトでウェブデザイナーとして入って、当時は、バナー広告全盛の時代だったんです。当時のバナーのほとんどは、クリック率が0.1%ぐらいしかなかった。つまり1000人が訪れて、1人がクリックするということ。でも、きちんと面白いものをつくれば、もっとクリック率は上がるんですよね。僕は、なぜか面白いバナーをつくる能力に恵まれて、クリック率33%という驚異的なバナーをつくったりして、賞もたくさん獲ることができました。

でも、その後急速に、バナー広告全盛の時代が終わり、レスポンス広告、たとえばSEM(検索エンジンから自社Webサイトへの訪問者を増やすマーケティング手法)が勃興してきて、状況は変わったんです。それはそうですよね、たとえば自分がレストラン経営者だったら、自分のサイトを、レストランに興味がある人に見てほしいから。そうすると、元々その商品に興味がありそうな人に、いかに効率よく情報を届けるかという話になり、表現として面白いものが求められなくなっていく。その流れに逆らって、ウェブ広告でも、巨大に世の中にリーチすることをやろうとしたら、それはもう、「なんじゃこりゃー」と「クソ面白い」しかないんだろう、と思うんです。存在価値って、そこにしかないんじゃないかと。

今年のカンヌのサイバー部門で、審査委員長のイアン・テートが、 「サイバーの審査基準は、What the Fuck!これだけだ」と言っていて。つまり「なんじゃこりゃークソ面白い!」ってことです。これを聞いて、胸がすっとしたんですよね。「インターネットで、SNSとか上手く使って、商品の情報をたくさん伝えながらも、素敵な雰囲気のコンテンツで、めちゃくちゃブレイクするものをつくってほしい」と言われても、そんなもの、見たことないでしょって言いたい。見る側がネットの情報に食いつくとしたら、「なんじゃこりゃー」と「クソ面白い」しかないんです。

法律で許される限界をどうつくかというのをいつも考えています。

並河:中村洋基さんがつくるものが支持されている理由は、純粋に面白いものを追い求めているところだと思うんです。広告って、残念ながら、「受け手側」のものじゃなくて、「送り手側」のものに見えてしまうことが多いんだけれど、中村洋基さんの手がけているものは、「受け手側」にいる。「僕らのもの」と世の中の人が思うから、こんなにも支持されている気がします。

4年ほど前になるけれど、中村洋基さんがつくったユニクロのブラトップのウェブサイトがとても好きなんですよね。ブラトップに関するアンケートの結果のグラフが、アンケートに答えた人たちのムービーの集合体でできてきて、YESの人も、NOの人も、グラフをクリックすると、その人たちの声をぜんぶ見ることができる、というもの。技術もすごいと思ったけれど、それ以上に、「グラフでしか見えないものにも、実は、人間の声がそこにはあるんだ」という設計思想を感じたんですよね。常識を破ったり、パンクだったり、「普通はこうだけれど、そうじゃなくてこうしたい」とか、そういう部分は意識してやっているんですか?

中村:意識はしています。
テレビCMって、放送局の自主規制があって、その点、ウェブの世界は、規制がゆるかったんです。当時は、インターネットが未踏の地だったから、面白いものがたくさんできたんですよね。たとえば「うんち」をテーマにして面白いこととかって、苦情を恐れたら、テレビCMじゃ難しい。でも、ウェブならできる。

法律で許される限界を、どう、ついていくか、というのを、いつも考えていますね。

並河:真顔ですごいことを言いますね。

中村:世の中、情報過多になった代償として、知らず知らずのうちに「面白い表現」の幅がどんどんせばまっています。僕が子どもの頃、ビートたけしの「天才たけしの元気の出るテレビ」が全盛期で、いまのテレビじゃできないようなことばかり、やっていた。見る人を不愉快にさせる可能性があるものは極力避けよう、ということなんだろうけれど、その結果、つまらなくさせられたCMとテレビ番組のせいで、世の中が元気を失っちゃっている。僕は、鬱状態にあるような人さえも、底抜けに躁状態になっちゃうようなコンテンツをつくって、それで世の中をハッピーにしたい。

TOTOのプロジェクトで、「うんちを燃料にして走るバイク」をつくったのも、そんな想いです。世の中がエネルギー問題について真剣な顔で議論している中に、「はい、これ、うんちで走るバイクです」みたいな、わけわからないものをつっこんでみて、みんなが唖然とする顔を見たかったんです。「中村をフォローしていれば、忘れていた面白いことに出会える」と思ってほしいです。

後半に続きます。
9月12日(水)に更新予定です。

並河 進「広告の未来の話をしよう。COMMUNICATION SHIFT」バックナンバー

並河 進(電通ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター)
並河 進(電通ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター)

1973年生まれ。電通ソーシャル・デザイン・エンジン所属コピーライター。ユニセフ「世界手洗いの日」プロジェクト、祈りのツリープロジェクトなど、ソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。DENTSU GAL LABO代表。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。宮城大学、上智大大学院、東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)、『しろくまくん どうして?』(朝日新聞出版社)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)他。

並河 進(電通ソーシャル・デザイン・エンジン コピーライター)

1973年生まれ。電通ソーシャル・デザイン・エンジン所属コピーライター。ユニセフ「世界手洗いの日」プロジェクト、祈りのツリープロジェクトなど、ソーシャル・プロジェクトを数多く手掛ける。DENTSU GAL LABO代表。ワールドシフト・ネットワーク・ジャパン・クリエーティブディレクター。宮城大学、上智大大学院、東京工芸大学非常勤講師。受賞歴に、ACCシルバー、TCC新人賞、読売広告大賞など。著書に『下駄箱のラブレター』(ポプラ社)、『しろくまくん どうして?』(朝日新聞出版社)、『ハッピーバースデイ 3.11』(飛鳥新社)他。

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