体育会系らしく、泥臭くコピーを書いていきたい
はじめまして。郡司淳(グンジアツシ)と申します。
ジェイアール東日本企画に所属、入社5年目の27歳。
入社から約4年間営業局に配属され、2年に1度行われる社内のクリエイティブ試験を経て、2012年1月にコピーライターの名刺を渡された新人コピーライターです。2年前の第48回宣伝会議賞では、TBCで協賛企業賞をいただきました。
毎日、分からないこと、書けないこと、思考できないことが多くて、変な汗をかきながら働いています。
昨日の企画打ち合わせも、ヒドイものでした。
例えるなら、みんなでボウリングに行っているのに、自分だけが違うレーンに球を投げていて、しかもそれがガター。
「今度こそは!」と毎回思うのに、気付くと毎回同じことをしています。自分が信じられません。見捨てられないか怯えながら日々過ごしています。
コラムも、見捨てられないように書いていきますので、宜しくお願いします。
ちなみに、大学では体育会バスケットボール部の主将でした。
体育会系っぽくないとよく言われますが、高校入学はバスケのスポーツ推薦という、根っからの体育会系です。体育会出身のコピーライターは、意外と多くないので、体育会系らしく泥臭くコピーを書いていきたいです。
では、自己紹介は終わりにして、まずは宣伝会議賞の応募の動機について。
応募の動機は「結果を出したいから」です。
「結果を出したいから」って、なんだか、頭悪そうだし、すごくかっこわるいですけど。
他にもたくさんの公募広告賞があります。でも、コピー1本のチカラで世に自分の名前を出せる。宣伝会議賞は、それが最も効果的に、手っ取り早くできるステージだと思っています。
コピーの仕事を始めてから、「選ぶ力」のなさに気づいた
次に、コピーライターを志したきっかけの話。コピーライターを志したのは、友人の家にあった『最新約コピーバイブル』を読んだことがきっかけでした。友人を放置して、かじりつくように本を読んでいたことを覚えています。その時すでに今の会社から内定をもらっていたのですが、それ以来、コピーライターになることばかり考えていました。
入社してからは、営業として働きながら、宣伝会議コピーライター養成講座の基礎コース、上級コース、そして最後の卒業生となった「広告学校」に通い、常にコピーに触れられる環境に身を置きました。
最後に、今年の応募目標数の話。
目標は全課題30本ずつの1500本提出です。
1課題につき最低100本書き、その中から30本を選定。
今年から、応募本数に上限ができました。
でも、いいコピーを書くためには、たくさんのコピーを書かなくてはいけない、という本質に何ら変わりはないと思います。
コピーライターとして仕事をし始めて感じたのが「選ぶ力」のなさでした。
悪いコピーはわかるけど、いいコピーがどれか分からない。
だから自分のコピーを愛せず、自分のコピーを推せない。
自分のコピーを心から愛せないのは、結構ツライ。
上限30本は、選ぶ力を伸ばせる、いい機会だと思います。
長くなりましたが、今日はここまで。
次回の更新までに3000本書きます。
頑張りましょう。頑張ります。またお会いしましょう。
明日は、笹本貴大さん(22歳)の「宣伝会議賞チャレンジ宣言」をお届けします。
挑戦者16人のプロフィールはこちらから。
【宣伝会議賞チャレンジ宣言(1)決意の9月 編 バックナンバー】
- 「受賞して、挑戦権を剥奪されたい」安部翔さん(28歳)
- 「“コピーとは、人を動かすコトバのアイデア”と教わりました」藤田雅和さん(36歳)
- 「ほんとうにグランプリを狙っていたので、前回は悔しいだけでした」和泉 真さん(24歳)
日本最大規模の公募広告賞「宣伝会議賞」は第50回を迎えます。1963年にスタート以来、広告界で活躍する一流のコピーライターのほか、糸井重里さん、林真理子さんといった著名な書き手を輩出してきました。50回目となる今回は50社の協賛企業から課題が出されており、第一線で活躍する100人のクリエイターが応募作品を審査します。課題は9月1日発売『宣伝会議』本誌にて発表、2012年10月31日が締め切りとなります。