CMグランプリ決定の瞬間。

スパイクスアジア

マンダリンオリエンタルホテル1階ロビー。
さっきからずっと、部屋の外にひとりでぽつんと待っています。
大きな扉の内側からは聞きなれたOK GOの音楽がかすかに聞こえてきています。
そう、今は、シンガポールで行われたスパイクスアジアという広告賞審査のフィルム部門審査のグランプリ決選投票中なのです。
グーグルの“OK GO – All is not lost”という博報堂からのインタラクティブフィルムが片方のグランプリ候補になったので、同じネットワークの僕は、議論や投票を棄権するため、審査会場の外に出て待っていなくてはならないのです。

中ではどんな議論がされているんだろう。
ついついエスプレッソマシンに手が伸びてしまいます。
シンガポールに来て、一体何杯目のコーヒーだろうか。
朝8時半から長いときは夜10時まで審査していたから。
時差のない僕らはまだしも、ニューヨークから来た審査委員長のアミールは時差が大変だっただろうなあ。
フィルム、ラジオ、プリント、アウトドアの4部門。

この4日間、12人の審査員で、いろいろなドラマを経ながら、タブレットを使った2回の点数投票でショートリストを決め、議論を経ての挙手投票でブロンズ、シルバー、ゴールドとメダルを確定してきました。

中で議論しているもうひとつのフィルムのグランプリ候補は、サムスン電子の“What does your mind see”というエントリー。
目の不自由な人にサムスンのデジカメを貸し出して音と感性だけで撮影した作品を展示した韓国のドキュメンタリーCMです。
決選投票前の得点では、9点満点で、グーグルの“OK GO – All is not lost”が最高得点の7.0点。対するサムスンは5.2点で上から17番目でした。
この時点では圧倒的な差でグーグル優位。
しかし、議論で投票結果は大きく変わるものです。

フィルムのゴールドを精査する段階では、サムスンのCMについて議論がありました。
本当にこのCMでプロダクトを買いたくなるのだろうかという意見がある一方で、このCMには、目が見えなくてもクリエイティビティを発揮できるカメラであるというメッセージがあり、それまでハイテクイメージしかなかったサムスンにエモーショナルなブランドイメージを付加したものだという意見がでました。

そろそろ、審査会場を出てから10分がたちます。
でも待てど暮らせど扉は開きません。
は~。その場を離れるわけにもいかないし、かなり手持ち無沙汰です。
メールチェックしたり、この文章を書いてみたり。

ひまなので数えてみたら、今回のスパイクスアジアで、人生10回目の国際賞の審査員でした。
でもグランプリの決選投票で部屋の外に出たのはこれがはじめてです。
とはいえそんなにドキドキしていません。
5年前にはじめて審査員をやったときは日本の作品というだけでドキドキしていたのに。
今回は、どちらがグランプリになっても、満足いく審査ができたと思うからです。
どんなに長いショートフィルムでも途中で切らずに全て見ましたし、それぞれの作品に対する理解も議論も十分だったと思います。

最終的に、日本にフィルムのゴールドを4つ出すことができました。
今、決選投票中のグーグル“OK GO – All is not lost”(博報堂)と、東芝の“With 10 years of life”(電通)、サンシャイン栄の“TAXY”(ADK)と、もうひとつは今まで他の広告賞ではあまり目立たなかったJPRSの“May cause drowsiness”(電通)。
jpドメインの説明をすると聞いている人が眠ってしまう爆笑ストーリーのCMです。
なかなか伝わらないマニアックな訴求内容を興味ない人に伝えるためのすばらしいエンタテイメントアイデアだし、ここスパイクスアジアで発掘された作品でもあります。

この中にはシルバーに落とすかどうかの議論になったものもありましたが、無事すべてゴールドに確定しました。
日本からのシルバーは、ライオンの“Time slip family”(電通)と“Otona Tsutaya”(博報堂)。
このふたつは応援演説の必要もなく、最初の挙手投票でスムーズにシルバーが決まりました。
ブロンズで日本からのものは、ソニーの“Screen story”(PARTY)、ぜにや本店の“Samurai, Madame, Rocker”(電通)、エイサーの“Instant on stage”(博報堂)の3つ。
受賞されたみなさんおめでとうございます。

僕は、ダメな作品をあげることはしないし、そういうことはそもそもやってもうまくいきませんが、時として審査員の市場背景や文化的背景の理解不足によって、賞に値するすばらしい作品が落ちてしまうことがあります。
なので、日本からの審査員は日本からのエントリーにとってとても重要だと思います。
ただ、ここスパイクスアジアには、自社への投票をはじく「インタレストボーティング」を集計するシステムと同時に、「パトリオットボーティング」を集計するシステムがあって、つまり他の審査員に比べて自国の作品に3点以上高いスコアをつけると警告が来てしまいます。
なので、どの審査員も点数は公平につけているはずです。

さて、決選投票がはじまって15分がたちました。
また中からOK-GOの音楽が聞こえてきました。
また映像をレビューしてるようです。
あらためて聞くといい曲だな。
でもかなり激論になっている模様。

ときおり他の審査会場からも、デザインやプロモなどの別の部門の審査員が棄権のために部屋を出てきて僕のようにぶらぶら歩いてたりしています。
「そっちはどうよ?」
「まあまあだね。」
みたいな会話したり、コーヒーを入れてあげたり。

毎回グランプリが決定して審査が終了した瞬間というのは、拍手して、一気にそれまでの数日間の緊張が解きほぐれて、最高にアドレナリンが出る瞬間です。
カンヌで審査した時には、シャンパンをあけて乾杯しました。
でも外にいるとその瞬間には立ち会えないんだなあ。残念。
でもこの4日間から解放されたらビールがおいしいだろうなあ。

おっと、でも今回はこれが終わったらあさってにセミナーが控えているのだった。
そうだ、セミナーでしゃべる英語を考えなきゃ。明日リハだし。
今回講演するテーマは”Creative Alchemy”(クリエイティブ錬金術)。
新しいアイデアをどうやって生み出すかのひとつの方法論についてです。
インド出張中に構成を考えて、帰国してすぐの日曜日に、ケトルのスタジオでプレゼンで使うビデオを撮影、その夜編集して、パワポを仕上げて、行きの飛行機でスクリプトを考えてきましたが、実はまだ未完成でした。
審査とセミナーを両方やるのは2回目ですが、ノンネイティブの僕には突貫作業はきついチャレンジです。
でも資料持ってないからどうせ考えられないか。やーめた。

そういえば、今日は3日間のカンファレンスの初日。
ということは、ケトルの嶋浩一郎も電通の佐々木康晴さんと一緒に今日の昼に隣のカンファレンス会場でセミナーをやったはず。
審査で見れなかったな。
見たかったな。
うまくいったかな?
相棒が壇上で早口で英語をしゃべってる姿を思ったら、突然ドキドキしてきた(笑)。

時計を見たら、20分たっていました。
いい加減たいくつになって、ロビーの床に座り込んでいた時でした。
部屋の中から拍手と歓声が聞こえました。

お、決まった!
そして審査会場の扉が開きました。

「ケンタロー、ずいぶん長いこと待たせたね。グランプリは、サムスンに決まったよ」

グーグルかサムスンかで何度も議論が行ったり来たりしてなかなか意見の統一がされなかったようですが、最終的には、インタラクティブ性を除いた純粋な映像の力にフォーカスして選ぼうという議論になり、投票用紙を使った無記名の最終投票で8対3でサムスンに決まったそうです。

僕はとっさに審査委員長にこう言いました。
「ひとつだけお願いがあるんだ。グランプリ決定の瞬間を僕を入れてもう一度だけやってほしい」
「わかった。それではみなさん、スパイクスアジアのフィルム部門、栄誉あるグランプリが決定しました。グランプリは、サムスン!」
わー、ぱちぱちぱち。
みんなでもう一度盛大に拍手をしました。

あー、これこれ、このアドレナリン!
この瞬間に、フィルム部門の長い審査は終わったのでした。

(セミナーとグランプリの速報はこちら

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木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)
木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

コミュニケーションデザイン実践講座ほか宣伝会議講師。

twitter ID: tabinokanata
Facebook: http://www.facebook.com/kimurakentaro
Hakuhodo Kettle: http://www.kettle.co.jp/

木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

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