企業にとって難題!首都直下地震帰宅困難者に対する条例迫る

地震発生後3日間は職場待機 社内コスト増に疲弊する企業も

平成23年3月11日の東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)により首都圏で約515万人の帰宅困難者が発生し、対策を一層強化する必要性が顕在化した。内閣府及び東京都などが協力し首都直下地震帰宅困難者等対策協議会が設置され、本年9月10日に最終報告が公表された。

協議会は、首都圏の住民、市区町村、主要ターミナル駅を対象に3月11日の帰宅困難者対策の実態について調査し、現在の取組状況を分析するとともに、検討の前提として平日昼12時発生の東京湾北部地震(M7.3)を想定し、帰宅困難者対策の指針をまとめた。その目的としては、各主体がガイドラインを参考に積極的に取り組んでいくことにより、社会全体における帰宅困難者対策の底上げを図ることとしているが、企業の取り組みが平成25年4月に条例施行を予定していることなど、今後の企業のコスト負担などが重要視されている。

東京湾北部地震が発生した場合に想定される帰宅困難者数は約989万人。指針の課題として、震災発生時に救助と救援活動が重要となり、そのためには緊急搬送や、火災、治安のための交通網確保が不可欠となる。その目的を果たすため、協議会では(1)一斉帰宅の抑制、(2)一時滞在施設の確保、(3)帰宅困難者への情報提供を柱とし、その対策を各主体が取り組むよう要請している。

各主体への取り組み要請

企業への取り組み要請は、地震発生後3日間は職場待機とし、施設内待機計画を策定することとしている。首都圏(東京都、神奈川、埼玉、千葉など)の全企業を対象に、従業員人数分の食料(9食分)、水(9リットル)、毛布(1枚)に加え、簡易トイレの備蓄を求めている。さらに、従業員以外の帰宅困難者(外部来訪者等)を受け入れることも想定し、食料などは従業員用とは別に、10%余分に用意することを要請している。4日目に一斉に帰宅すれば、同様に混乱が生じるため、帰宅順序のルール(段階的帰宅や集団帰宅等のルール)や「事業所における帰宅困難者対策ガイドライン」の策定も含まれている。発生直後の社内混乱を避けるため、従業員、家族等の安否確認手段の確保も重要課題となっている。

大規模集客施設や駅の利用者については、利用者保護の観点から計画を策定するよう求められている。施設内の待機や安全な場所への誘導手順を検討し、災害時要援護者が必要とする優先待機スペースを確保したり、隣接した施設との連携による安全の確保が要請され、「大規模な集客施設及び駅等の利用者保護ガイドライン」の策定が求められている。

外出先被災者のために自治体管理・保有の一時滞在施設を指定し、学校・ホテル・ホールなどの事業者と協定の上、施設を最長3日間、解放する。2人/3.3㎡が目安で、水、食料、トイレなどを提供支援することとしている。施設の安全確保のために、(1)耐震性を満たした建物であること、(2)建物や設備等の安全点検のためのチェックリストの例示、(3)施設利用案内を施設の入口等に提示することなどが配慮項目となっている。

帰宅困難者等への情報提供は非常に重要であり、「むやみに移動を開始しない」ことを徹底し、情報発信主体別に発信すべき情報の内容と情報伝達手段のフローを作成することが求められた。帰宅困難者への情報提供のためのポータルサイトや専従部門の設置、インターネットやSNSの活用、複数の安否確認手段の利用方法の周知徹底などが盛り込まれている。

想定外の要請項目に企業側も困惑

今後、来年施行される条例がどのようになるのかがポイントとなる。指針がそのまま反映されるのか、努力目標なのかなどが焦点となるだろう。一般的に従業員の非常食品の備蓄はある程度されているものの、今回明確に3日間とされ、水、食料、毛布や簡易トイレなど具体的な数量・品目が明記された。さらに一般人用の10%程度の余分な備蓄が加わり、さらなるコスト負担や備蓄スペースの確保が難しい企業もあるだろう。

また、地震発生現場では生き残った人の60%以上が現場で負傷しているか、避難時に負傷することが一般的で、もし、こうした負傷者を自社施設に受け入れた場合のその後のケガの悪化による賠償問題などには触れていない。積極的に受け入れた企業がリスクを負うようなことがあれば、この対策は運用レベルで失敗する。

自治体側は、負傷者の医療施設のケガの度合いによる受け入れ基準などを明確にし、企業側と連携しておく必要がある。特に医療機関から派遣された医師によりトリアージ(注)がなされた場合に、企業側への苦情や賠償問題が派生しないよう、説明責任を誰が果たすのかについても明確にすべきだ。

(注)トリアージ:人材・資源の制約の著しい災害医療において、最善の救命効果を得るために、多数の傷病者を重症度と緊急性によって分別し、治療の優先度を決定すること。特記すべきとして、優先度決定であって、重症度・緊急度決定ではない。すなわち、人材・資材が豊富にある平時では最大限の労力をもって救命処置される(その結果、救命し社会復帰する)ような傷病者も、人材・資材が相対的に不足する状況では、全く処置されない(結果的に死亡する)場合があるということが特徴である。

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白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)
白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

白井 邦芳(危機管理コンサルタント/社会情報大学院大学 教授)

ゼウス・コンサルティング代表取締役社長(現職)。1981年、早稲田大学教育学部を卒業後、AIU保険会社に入社。数度の米国研修・滞在を経て、企業不祥事、役員訴訟、異物混入、情報漏えい、テロ等の危機管理コンサルティング、災害対策、事業継続支援に多数関わる。2003年AIGリスクコンサルティング首席コンサルタント、2008年AIGコーポレートソリューションズ常務執行役員。AIGグループのBCPオフィサー及びRapid Response Team(緊急事態対応チーム)の危機管理担当役員を経て現在に至る。これまでに手がけた事例は2700件以上にのぼる。文部科学省 独立行政法人科学技術振興機構 「安全安心」研究開発領域追跡評価委員(社会心理学及びリスクマネジメント分野主査:2011年)。事業構想大学院大学客員教授(2017年-2018年)。日本広報学会会員、一般社団法人GBL研究所会員、日本法科学技術学会会員、経営戦略研究所講師。

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