しばらく立て続けだった海外出張がちょっとひと段落した木村です。
この10月1日に、清水佑介、畑中翔太というふたりを迎え入れ、ケトルも18人体制。
円形の執務室がちょっと手狭になってきました。
今回はこのケトルのやかん型オフィスができたいきさつの話をします。
2008年に、博報堂が田町から赤坂サカスのBIZタワーに引っ越す際、ケトルも同じビルの11階をレンタルしてそこに引っ越すことにしました。
さっそく船木研がリーダーになって、オフィスプロジェクトを発足しました。
ところが、ケトルの3人のCDはそれぞれ勝手なことを主張し始めました。
嶋「僕は、キッチンのあるオフィスにしたい」
船木「僕は、アウトドアなオフィスにしたい」
木村「僕は、シャワーのあるオフィスにしたい」
困ったものです。
どれも大変そう。
でも、どの案も「人が集まるオフィス」にするためのアイデアであるという点では一致しています。
一見不可能に見えることを「手口ニュートラル」で解決するのがケトルのはず。
「みんなで知恵を絞ろう」
そう言って、とりあえずキッチンとアウトドアとシャワーのある仮のレイアウトの図面を引いて、これをケトルらしいユニークなオフィスにして下さいというオリエンで、ジオグラフさんという建築事務所にお願いしました。
「排気ダクトがないから、キッチンは無理」
まず最初に壁にぶち当たったのは、嶋が主張するキッチンでした。
ダクトなしでキッチンなんて置いたら、匂いがこもって仕事になりません。
オフィスビルに自前で排気の通り道を確保するには膨大なお金がかかってしまいます。
ところが図面を見ていた永井健がある発見をしました。
「見てください。12階に社員食堂のキハチが入るらしい」
そこで、キハチの真下にオフィスを作りたいという要望を出して、そこのダクトにケトルのダクトを結び付けさせてもらいたいとお願いしました。
これでなんとかこの問題はクリアしました。
こうしてケトルには、4つ口のIHレンジと業務用シンク、ホシザキの業務用冷蔵庫のあるキッチンが設置されることになりました。
このカウンターバーのあるキッチン、お客様を呼んでパーティをやったり、朝一の取締役会でスクランブルエッグを出したり、ちょっとビールを飲みながら打ち合わせしたりするときにも重宝しています。
食に関するクライアント業務や、食の雑誌の編集などでの、ちょっとした撮影にも便利です。
「オフィスに人工芝なんて前例がない。だいたい掃除はどうするのか?」
次に問題になったのは人工芝でした。
船木がこだわるアウトドア風のオフィスにするためには、太陽光が入り込むオープンスペースとキャンピングチェア、そしてなにより人工芝は譲れません。
実は田町でオフィスを作るときにも「人工芝は前例がない」と言われて妥協した結果、単なるグリーンのじゅうたんになってしまったという苦い経験がありました。
「今回は神宮球場と同じ人工芝を敷きましょう」
ジオグラフさんが持ってきたサンプルは、深さ10センチはある本物の人工芝でした。
しかも芝の間にはゴムチップが敷き詰めてあります。
さらにお値段も実は手頃。
掃除の問題も専門の業者さんを見つけてきて、クリア。
ケトルのロビーと会議室には、一面本物の人工芝が敷き詰められることになりました。
本物なので、万が一、全速力でスライディングしても怪我しません。
でも芝は長いのでゴルフのパター練習はできません。念のため。
キャンピングチェアには、オフィスオープン後に後日談があります。
このキャンプ用の折り畳みチェアは、普通のオフィスチェアより数センチ座る位置が低いため、相対的に机の位置が高くなってしまい、会議に出た人がみんなお子様ランチを食べるときのお子様状態になってしまうという問題がありました。
これに対して、ある日嶋がキャンピングチェア反対運動のPRを始めたのです。
社内の世論が徐々にキャンピングチェア撤去に傾きつつあるのを肌で感じた推進派の船木と僕は、ある日こっそり、机の脚を数センチ切って机の高さを下げてしまいました。
その翌日からは、反対世論はぴたりとおさまり、嶋のPR活動も静かになりました。
PRパーソンは世論操作が巧みなので要注意なのです。
さて、話を設計時に戻します。
キッチンとアウトドアのほかに、あとひとつ残った課題は木村がこだわるシャワールームでした。
「汗をかいたらリフレッシュできる、アイデアに詰まったら古いアイデアを洗い流せる、徹夜したらプレゼン行く前にシャワー浴びて気合いを入れられる」
そんなオフィスを作りたかったのでした。
意外なことに、この件に関しては、内部に刺客がいました。
ケトルのママと呼ばれているマネジメントスタッフ高松玲子のこのひとことです。
「それで、毛の処理は一体だれがやるの?」
確かにシャワー浴びたら排水溝に縮れ毛がたまります。
そう、「毛の処理」は重要な課題だったのです。
誰もそんなもの触りたくありませんし、お掃除の方にもお願いできそうもありません。
「毛の処理は俺にまかせろ!」と名乗りでる社員もでませんでした。
高松玲子も「しょうがないわね。私が拾うわ」とはやっぱり言いませんでした。
キッチンや人工芝の問題を解決してきた僕らも、ついにこの問題を解決するすべを見つけることはできませんでした。
結局、シャワー計画は「チンパソ事件」ならぬこの「チン毛問題」であっさり却下になりました。
「シャワーの代わりに情報のシャワーを取り付けよう」
こんな嶋の提案で、PR局のオフィスのように、6台のテレビ、3日分の新聞がどの席からも一覧できる環境を作ることになりました。
世の中でどんな情報が流れているかがリアルタイムで把握できるオフィスです。
PRパーソンがいるといいことも起こるのです。
こうして、わがままなCDたちの要望をふたつまでかなえつつ、ある日ジオグラフさんがレイアウトをあげてきてくれました。
「ではケトルニューオフィスのプレゼンを始めます」
このプレゼンは、生涯忘れることのできないすばらしいものでした。
「やかんの原風景は、何でしょうか?
それは、縄文時代の竪穴式住居です。
竪穴式住居では、丸い穴を掘ってその真ん中にやかんを釣り下げていたはず。
新しいケトルオフィスの執務室を、全社員がやかんを囲んで沸騰させる、円形のオフィスとすることを提案します」
そして図面が置かれました。
「竪穴の低い部分には丸テーブルを置いて、社員用の会議室にします。
この位置で立った人と、席に座って仕事をしている人の目線はちょうど同じ高さ。
つまり、席で仕事をしている人もちょっと顔を出すだけで会話ができる高低差なのです」
そして、モックが机に置かれました。
「このケトルハウスと呼ばれる円形の執務室を外側から見ると、ちょうどやかんを輪切りにしたように見えます。
やかんと同じ材質のアルマイトで囲まれたケトルハウスの外側が、ケトルガーデンです。
人工芝を敷き詰めたアウトドア風の会議室。
入り口を入ってすぐのカウンターキッチンから会議室まで、ずっと日当たりのいいアウトドアスペースになるのです」
目からうろこ。僕らは感動しました。
「すばらしい、このままで作ってください」
こうしてやかん型のケトルオフィスはほぼ100%設計図通りに完成し、昨年の増床を経て、現在のカタチになっています。
広告制作でさえ、こんなに設計図のままに制作することはめったにないと思います。
なんと、グッドデザイン賞までいただいてしまいました。
みなさま、赤坂サカスにお寄りの際は、ケトルオフィスにぜひお立ち寄りください。
第20回「コミュニティプラットフォームのつくり方」はこちら
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