コミュニティプラットフォームのつくり方

だんだん肌寒くなってきて、ジョギングが気持ちいい季節になりました。
先日久しぶりに近所を走ってみたら、ランナーの多さにびっくりしました。
今年、日本のランナーズ人口は1000万人を超えたそうです。
SNSでも、ランに関するフィードやツイートをよく目にします。
ここ数年で、日本にランナーズコミュニティというものが確立したといえるでしょう。

そういえば、コミュニティを作るという仕事が近年ずいぶん増えました。
いわゆる広告を打つだけの一過性のフロー型のコミュニケーションから、ストック型のコミュニケーションを志向する時代の流れの中で、オーナーコミュニティ、ユーザーコミュニティの育成というマーケティングの手口が、自走するプラットフォームとして注目されてきたのだと思います。

でも、コミュニティとはどうすれば作れるのでしょうか。
今回はそれについてちょっとまじめに考えてみたいと思います。

ランナーズコミュニティ、自転車コミュニティ、フットサルコミュニティ、スポーツカーコミュニティ、ダンスコミュニティ、DJコミュニティ、ゴルフコミュニティ、サーファーコミュニティ、登山コミュニティ、カメラコミュニティ、ペットコミュニティ、生け花コミュニティ、ギャルママコミュニティ、鉄道ファンコミュニティ、ハーレーダビッドソンコミュニティ、AKB48コミュニティ、初音ミクコミュニティ…。

思いつくだけでも、日本には大小さまざまなレベルの無数のコミュニティがありますね。

この中には、最近にわかに盛り上がってきたものも、昔からあるものもありますし、ケトルが仕事としてかかわっているコミュニティもいくつかあるのですが、どれも単なる趣味としてバラバラに楽しんでいる段階と比べると、コミュニティと呼べるものには、ある種の「スタイル」や「マナー」が存在するような気がします。

たとえば、DJやダンサーのコミュニティにはストリートファッションというスタイルが存在しますし、ランや自転車も、ウェアやグッズなどのスタイルが近年急速に定着したことでコミュニティ化した感があります。

「皇居ラン」もひとつのスタイルを現す言葉ですよね。
鉄オタコミュニティには「お立ち台(撮影ポイント)」「かぶりつき(運転室のすぐ後ろに立って前方の景色を眺めること)」などのコミュニティ言語が存在したりもします。
サーファーやゴルフなどのスポーツコミュニティには、しっかり安全のルールがあり、登山者コミュニティはすれ違う人に挨拶をするという習慣があります。
ペットコミュニティのマナーは近年明らかに向上したと思いますし、革ジャンを身にまとったハーレーの集団は、その外見とは異なり、とてもマナーがいいので有名です。

では、こういったスタイルやマナーはどうやってできるのでしょうか。
それは、コミュニティの中心にある「サロン」が生み出すのではないかと思っています。

サロンというと、既得権益を守る閉鎖的な集団というネガな響きもありますが、同時に、お手本となるルールや規範、スタイルを作るというポジな役割を持っています。
サロンとは敷居が高くてなかなか入れないものです。
でもそれは、コミュニティのお手本になるような厳しいスタイルやマナーを習得しなければ入れてくれないからなのです。

コアユーザー、ヘビーユーザー、あるいはそれを職業にしているプロフェッショナルたちが構成するサロンが形成されると、それにあこがれたり、がんばってそのサロンに参加したいと思う人が増える。
それによってはじめて、ある規範と求心力を持ったコミュニティが生まれるという考え方です。

コミュニティを作るにはそのスタイルやマナーを生み出すサロンを作らねばいけない。
では、サロンはどうすれば作り出せるのでしょうか。

僕は、サロン形成には5つの条件があると思っています。
ヒーロー、アワード、メディア、スクール、フェスティバルの5つです。
この5つが揃えばサロンができあがるというのが僕の持論です。

これを実感したのは、いまから10年ほど前、まだケトルを設立する前、アメリカの「アカウントプランニングカンファレンス」というアカウントプランナー(AP)が集まるイベントに参加したときです。

ちょっと話は長くなりますが、APとは、商品やサービスの特徴をそのままクリエイティブに落とすのでなく、ターゲットの無意識の中から新しいチャンス、つまり人が動くコミュニケーションのツボを発見してキャンペーンの設計図を構築する職種、つまり人間心理のスペシャリストのこと。
当時のアメリカの広告業界では、アカウントプランニングバブルと呼ばれていて、APの肩書きを持っていると高い給料でヘッドハントされるという状況でした。

日本では認知さえ低いこの職種がなぜアメリカではこんなに地位が高いのだろうか。
それは日本にないこの5つの要素が揃っているからだと気づいたのです。

まず、みんなが目標にするシンボリックなAPの「ヒーロー」がいる。
そしてそれを選び出すJシャイアットアワードというAPの「アワード」がある。
さらに、それを伝えるAPの業界紙、つまり「メディア」がある。
4つめに、APブートキャンプというAPにあこがれる若者のための「スクール」がある。
最後に、年に一度、この全米のAPが集まる「フェスティバル」がある。
この5つによって、日本には存在しない「APサロン」が形成されているのです。

AP業界と異なり、日本でもクリエイティブ業界にはサロンが確立していると思います。
ヒーローとして著名なクリエイターなる人がいて、それを選ぶ国内外のアワードがあり、ブレーン、宣伝会議などのメディア、マスコミ学科や広告講座などのスクール、そして、国内には存在しないものの、関係者が一堂に参加できるカンヌなどのフェスティバルがあるからです。

こう考えると、実はランナーズコミュニティの中心にもこの5要素は存在します。
市民マラソンのヒーローとしては、惜しくもオリンピック選手には選ばれませんでしたが、埼玉県職員の川内優輝さんが有名ですし、アワードやフェスティバルとしては東京マラソンが大きな役割を果たしています。メディアとしては複数のランニングの雑誌があり、ここ数年急速に増えたランニング教室があるのです。

たとえば、DJコミュニティの中心にも、ヒーローとして世界的に認められた石野卓球氏と、DMCなどのDJアワード、クラブ系メディアやドミューンやDJ教室、ワイヤーという巨大なDJイベントが構成するいわゆるサロンが存在するのです。

ヒーロー、アワード、メディア、スクール、フェスティバル。
この5要素が揃えば、コアユーザーが構成するサロン集団が形成され、そのサロンが生み出すスタイルやマナーによって、規範と求心力を持ったコミュニティが形成される。
コミュニティプラットフォームを育成するしくみを僕はそんな風に考えています。

ちなみに、いい季節になったので、自転車で都内を走ることもあります。
ところが、僕はどうしても自転車コミュニティに入れてもらえません。
ギアにもこだわったスポーツタイプなのに、みんなに笑われるんです。

なぜかって?
それは、僕の自転車にバッテリーがついているから。
どうやら電動自転車は、コミュニティのスタイルとマナーには合わないみたいです。

木村健太郎「やかん沸騰日記」バックナンバー

木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)
木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

コミュニケーションデザイン実践講座ほか宣伝会議講師。

twitter ID: tabinokanata
Facebook: http://www.facebook.com/kimurakentaro
Hakuhodo Kettle: http://www.kettle.co.jp/

木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

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