尾田健太郎(フリーライター/編集・ライター養成講座19期修了)
Most heroes are anonymous.——1990年代、ナイキはテレビCMなどで、スポーツを楽しむ一般市民を無名のアスリートとして映し出す広告を展開した。しかし、プロの現場ですら、このダン・ワイデンの名コピーさながらに、“匿名の”ヒーローたちがいる。彼らのためにこそ、ライターが必要だ。
ダンクでゴールを破壊(1カ月ぶり2度目)
バスケットボールの試合に必要なゴールの数は、コートに2台だ。しかし「横浜国際プール」では、コート脇に予備をもう1台用意している。それはbjリーグでプレーするジャスティン・バーレル選手のせいだ。
愛称JB、1988年生まれ。ことし、背番号と同じ24歳になった。所属は「横浜ビー・コルセアーズ」。「横浜国際プール」を中心に、神奈川県をホームタウンとする。
事件は2011年12月16日、滋賀レイクスターズ戦の第2クォーターで起きた。JBは、コルセア=「海賊船」のチーム名どおり、豪快なダンクシュートを決める。しかし、横浜国際プールに響いた歓声は、すぐにざわめきに変わった。207センチメートル、111キログラムによるダンクが、ゴールリングを支えるバックボードを割ってしまったからだ。
JBはつい1カ月前、横浜文化体育館の試合でもゴールを破壊している。「バスケットゴールは1台70万もするんだよ」とボヤく小川直樹ゼネラルマネージャー。チーム最年少ながらエースとして活躍するJBは頼もしい限りだが、さすがに施設を壊すのはまずい。
レイクスターズ戦は、ゴールの入れ替えで20分間試合を中断。「横浜国際プール」にはその日以降、3基のゴールが置かれることになった。
コート1面分の練習場所
JBはじめ、チームが練習する「たきがしら会館」はバスケットコート1面分しかない。最寄りのJR根岸駅からバスで約10分、横浜市磯子区にあるちいさな市民体育館だ。元々は市職員の厚生施設だった。
空調設備もなく、夏は暑さで練習中に何度も着替え、冬は着込んでもなかなか身体が暖まらない。選手達はコートの片隅で着替え、練習に臨む。カラーコーンの代わりにパイプ椅子を使うこともあった。
「ゴールがあれば、どこでも問題ない」とは、ヘッドコーチ(HC)のレジー・ゲーリー氏の弁だが、「プロ」をうたうリーグのチームが使う練習場として、整備されているとはいいがたい。
チームメイトのドゥレイロン・バーンズにそのプレーを「モンスター」と評されるJBもまだまだ若い。ことし1月に開催されたbjリーグオールスターゲームと、ダンクコンテストに主催者推薦という栄誉で出場したJB。大会前には、「フリースローラインから飛んで7回スピンしてダンクするよ」と取材陣を笑わせた。さいたまスーパーアリーナに1万人を超える観客が入った当日は、慣れない大観衆に緊張したのか、ダンクコンテストは予選敗退、ゲームでもダンクを失敗するなど普段ほどの活躍は見せられなかった。
前後して2012年に入ってからの試合では勝ち星を伸ばしたビー・コルセアーズ。bjリーグ3位まで上り詰め、新規参入チームでありながら、その存在を印象づけた。1試合平均失点72.8、リーグナンバー1のディフェンスを見れば、「練習場の優劣は関係ない」というゲーリーHCの言葉は正しい。同氏は最優秀ヘッドコーチを授賞、JBはリーグMVPの肩書きを引っさげて、NBA挑戦の夢を叶えるため帰国した。
後編は12月4日(火)の予定です。
尾田健太郎(おだ・けんたろう)
滋賀県出身。会社員を経て、編集・ライター講座19期を受講。修了後、フリーのスポーツライターとして活動を始める。ラグビートップリーグとbjリーグを取材する。秩父宮ラグビー場で販売されている雑誌「ラグビーカフェ」にてトップリーグインタビューを担当している。現在の目標は7人制ラグビーの取材でリオ・デジャネイロ五輪へ行くこと。
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