もっと人間の話をしよう。

2012年もあと数日になりました。
今年1月に始めて丸1年間続けたこの「やかん沸騰日記」、
ついに最終回の24話目になりました。
読んでいただいた方、ありがとうございました。

何を書こうか悩みましたが、最後なので自分のことを書こうと思います。
おおげさに言うと、僕が信じるクリエイティブのスタンス、
こじんまり言うと、僕が持ってる発想の癖、
みたいなことを独白しようと思います。

ある日、よく一緒に仕事をやっている後輩から
「健太郎さんの作るクリエイティブは、どれも卒業式の匂いがする」
と言われました。

卒業式の匂い?
それは誰もが否定できない、絶対的にポジティブな感情になるあの感じ、とのこと。
確かに、僕が関わった過去のCMやキャンペーンをひとつひとつ思い返すと、そういう人間のポジティブな本性に焦点を当てたものが多い気がします。

「そもそも健太郎さんは、ものすごい性善説なんですよ」
だんだん人物評価になってきたけど、まあ当たってるな。

「それも、後天的なポジティブじゃなく、DNAレベルで、どポジティブ」
それじゃ能天気野郎じゃないか。俺にだって悩みはあるしうまくいかないことも多い。
でも、もしかしたらそうなのかな。

「基本的にロマンチストなんですよねー」
残念ながら、僕は高校生のときからずっとロマンチストと呼ばれてきましたよ。はい。

「でもそれってクリエイティブの中では、マイナーですよねー」
確かに、先輩CDから、木村君は珍しく明るいねえ~と何度か言われたことがあるし。
確かに、優れたクリエイターは、人間の表に出さないコンプレックスや不満に上手にアプローチする人が多いし。
確かに、若い頃読んだプランニングの教科書には、人間を「新しもの好きで飽きっぽく忘れっぽいわがままな動物ととらえなさい」と書いてあったし。
ってことは、俺ってクリエイティブ適性もプランニング適性もない順目人間だってこと?いまさらー?

「いやいや、そんなことはないよ」
と僕は必死の抗弁。
だって、僕が尊敬するあのCDもあのコピーライターもあのプランナーも、
人間のポジティブな側面からはっとする気づきをもたらす、
素晴らしい広告クリエイティブを作って人をググッと動かしているではないか!

結局、クリエイターやプランナー(以下、長いのでクリエイターに統一します)には、2つのタイプがあるという結論になりました。

性善説にたって、人間のポジティブな側面にアプローチする「ポジティブ派」と、
性悪説にたって、人間のネガティブな側面にアプローチする「ネガティブ派」。

ポジティブ派の人とは、基本的に

  • 明るい未来は存在するはずだ
  • 努力すればなりたい自分になれる
  • ワクワクすることや縛り付けている固定概念を壊すことで人は動く

と考えている人。

逆にネガティブ派の人とは、基本的に

  • 明るい未来はそうそうやってこないものだ
  • 人生はあきらめの連続であり、あきらめることで幸せに気づくのだ
  • 隠されたコンプレックスや不満に寄り添うことで人は動く

と考えている人のことです。

ポジティブ派は、「いたずら」視点から人を動かすアイデアを発想し、
ネガティブ派は、「いじわる」視点から人を動かすアイデアを発想する傾向があると思います。

「太陽と北風」の童話でいうと
ポジティブ派は太陽を照らすアプローチ、
ネガティブ派は北風を吹かすアプローチに近いかもしれません。

ここまで書くと、僕は完全なポジティブ派であることは隠しようがありません。

過去の「やかん沸騰日記」で書いてきたことを読み返しても一目瞭然です(笑)。

あなたは、ポジティブ派ですか? ネガティブ派ですか?

実はクライアントにも、人間を見る視点が2タイプあるような気がします。
新しい幸せを提示することで、生活者と関係するブランドもあれば、
現状のストレスや不満に寄り添うことで、生活者と関係するブランドもあるからです。

もっというと、この人間に対する2つのスタンスは国や政党にも現れると思っています。
たとえば、地球温暖化や世界的不景気という問題に対しても、
新しいテクノロジーや産業振興策で解決できるはずだというスタンスを取る国や政党と
みんなで我慢を分配することで解決しようとするスタンスを取る国や政党がありますよね。

さて、話はクリエイティブに戻して、
このポジティブ派、ネガティブ派、両方に「陥りやすいワナ」があると僕は思います。

まず、ポジティブ派クリエイターが気をつけなければいけないのは、
「人は簡単に動くものだ」
と持ち前のポジティブ思考で楽観的に思い込んでしまうことです。

たとえば、どんなに魅力的な未来やストーリーを提示しても、
それが既にみんなが当たり前のように知っていることだったら、
「それで?」とか「よかったね」となってスルーされてしまいます。
メッセージがポジティブであるほど、そこに新しい発見、気づきや驚きが必要なわけです。

人間の心理は、氷山のようなもので、大半は海の中にあって見えません。
海の中の見えない部分、つまり深層心理にあるまだ気づいていない欲求を顕在化しなければ、人は動きません。
だから、生活者インサイトは常に「普遍的」でかつ「新しい」ものでなければいけないのです。

あるいは、こういうワナもあります。
たとえばそれがどんなに楽しくて役に立つおトクなコンテンツや情報だとしても、
そこにたどり着くまでに、めんどくさい手順を踏まなければいけないのであれば、
みんな途中でやめてしまいます。
現代は、毎日ネット上をはじめとして、面白いコンテンツや情報が山のように現れては消えていくことを都合よく忘れてはいけないのです。

人が動くリアリティに関しては、意識的に悲観的であるべきだと思います。
宣伝会議のコミュニケーションデザイン講座では、電通の岸勇希さんと、
毎回くどいくらいこの話をします。

これらのワナを僕は、
素敵なメッセージを提示しているけど、なんのひっかかりもない「超順目クリエイティブ」とか
しくみ上や理論上は成立するけど、実際にはアクションに結びつかない「高学歴プランニング」
と呼んで、そうならないように日々気をつけています。

逆に、ネガティブ派クリエイターが気をつけなければならないのは、
「はじめから企画の志を下げてしまう」
点にあるような気がします。

さっき書いたことと矛盾することを言いますが、
「人は、よっぽど面白いか、役に立つか、おトクなものにしか反応しないんだよ」
というのは、ほとんどの場合真実かもしれないけれど、
そこばかり考えていて、はじめから「他はない!」と決め付けてしまうと、
コミュニケーションの手口の発想の範囲をはじめから狭めてしまったり、
チャレンジする課題のスケールを小さくしてしまったりしかねないと思います。

もっと、その深層で人を動かす何かがあるかもしれない。
企画の志に関しては、楽観的に考えたほうがいいのではないかと思います。

さて、ここまで書いてきて、最後に思うのは、
実は、ポジティブ派であろうと、ネガティブ派であろうと、
僕は結局「人間の本性を新しく開拓するクリエイティブ」が好きだということです。
面白い表現アイデアや、新しい広告技法だけではきっとロマンが足りないのです。
そして、本当に人を動かすキャンペーンは、
普遍的な「人間の本性」に必ずさかのぼることができるものだと信じています。

それは、今から十数年前に、「アカウントプランニング」というスキルに出会って大きな影響を受けた経験からだと思います。
日本では不幸にも、「営業?」とか「会計?」という意味に誤解されることが多いコトバになってしまってますが、本来は、
「まだ見ぬ人間の深層心理を発見し、人を動かすツボを見つけて、実行する設計図を書く」
マーケティングとクリエイティブの双方に通用するスキルのことです。

近い概念に「コミュニケーションデザイン」があります。
このコトバも、「メディアやしくみの設計図を書く」という意味に矮小化される誤解がたまにありますが、「人を動かすキモチのツボを見つける」という本来の意味では、アカウントプランニングとほぼ同義だと思っています。

クリエイターやプランナーには、誰にでも発想の癖があります。
僕も、DNAレベルとまで言われた、どポジティブな発想癖からは逃れられないでしょう。

でも、こうも思います。
閉塞する日本や世界に足りないのは、明るい未来のビジョン。
そんな今の時代に求められているのは、人間をポジティブな側面から捉えて、
うれしい驚きを与えるアイデアのブレイクスルー。
そう信じて、ポジティブ派クリエイティブディレクター兼アカウントプランナーとして、
これからも地道にがんばっていこうと思います。

長文の独白、最後まで読んでくれた方、本当にありがとうございました。

木村健太郎

※連載「やかん沸騰日記」は今回で終了です。ご愛読ありがとうございました。

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木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)
木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

コミュニケーションデザイン実践講座ほか宣伝会議講師。

twitter ID: tabinokanata
Facebook: http://www.facebook.com/kimurakentaro
Hakuhodo Kettle: http://www.kettle.co.jp/

木村 健太郎(博報堂ケトル共同CEO エグゼクティブクリエイティブディレクター/アカウントプランナー)

1992年博報堂入社。戦略からクリエイティブ、デジタル、PRまで職種領域を越境したスタイルを確立し、2006年、従来の広告手法やプロセスにとらわれない課題解決を提案、実施するクリエイティブエージェンシー博報堂ケトルを設立。AP(アカウントプランナー)とCD(クリエイティブディレクター)の2足のわらじを履く。

ソニーαNEX“Focus Your Love”、KDDI “android au”などのインテグレートキャンペーンや、ソニーBRAVIA “Color Tokyo”、 “Sony Recycle Project JEANS”、Google“未来へのキオク”といった、デジタルやアウトドアを使ったイノベーティブなキャンペーンを得意とする他、サントリー“伊右衛門”のアカウントプランニング、JUJUのミュージックビデオ“Hello Again”や震災被災地向けの“Dear Japan, from Phuket”などの映像作品制作も手がけている。

受賞歴に、カンヌ、クリオ、ワンショウ、D&AD、ロンドン国際、NYフェス、アドフェスト、SPIKES、ACCなど多数。また、カンヌ、クリオ、アドフェスト、ロンドン国際、NYフェスの各国際広告祭でフィルムやインテグレートからデジタルやアウトドアまで多様な部門の審査員経験を持つ。

コミュニケーションデザイン実践講座ほか宣伝会議講師。

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