監査体制強化による株式市場の信頼回復を期待
オリンパスや大王製紙などの企業の大規模な不正会計事件を背景に、金融庁が不正な会計操作を未然に防ぎ、事前規制するために、検討してきた新たな監査基準の改定原案が明らかになり、現在、金融庁のホームページで草案を公開し、パブリックコメントを求めている。
主な骨子は、①赤字の継続や不透明な企業統治など不正リスクを列挙、②リスクが多い場合は抜き打ち監査を実施、③不自然な企業買収や多額の簿外資産など不正の疑いを確認、④必要に応じて経営者に説明を求めるなど追加監査を実施、⑤監査法人間の引き継ぎでは、前任は問題点を詳しく伝え、監査調書の閲覧請求にも応じる、こととなっており、パブリックコメント収集後に正式決定し、2013年度決算の監査から新基準を適用する。対象は上場企業を中心に有価証券報告書の作成義務がある約4200社である。これまで金融庁が実施してきた有価証券報告書等の虚偽記載に基づく事後的規制手段(課徴金納付命令)に加え、企業の監査役や監査法人を巻き込んだ事前的規制手段の本格的導入となる。
しかし、企業を取り巻く不正会計リスクについては、かなり前から色々な視点で予備的対策が既に打たれていた。
オリンパスや大王製紙などの不正会計事件が報道されたのち、日本公認会計士協会は、2011年12月22日に「財務諸表監査における不正」を公表し、実務上の指針として提供した。この報告書の内容には、不正の特徴、不正の防止及び発見に対する責任、監査人の責任が明記され、監査人は、①不正による重要な虚偽表示リスクを識別し評価すること、②評価された不正による重要な虚偽表示リスクについて、適切な対応を立案し実施することにより、十分かつ適切な監査証拠を入手すること、③監査中に識別された不正又は不正の疑いに適切に対応すること、が求められている。
また、日本監査役協会は、昨年9月27日、「重大な企業不祥事の疑いを感知した際の監査役等の対応に関する提言」を公表し、監査役及び監査委員会が良質な企業統治体制を確立するための注意喚起を行っている。この報告書の中で、企業不祥事において監査役が任務懈怠を問われる理由として、①監査役が感知すべき不祥事の兆候を感知できない、②兆候を感知しても適切な行動をとることができない、ことが解明されており、どちらかといえば、感知した後の行動が不十分なため、より深刻な事態に発展しているものが確認されている、としている。
さらに、不祥事の多くが計算書類・財務諸表に影響することが想定されるため、事態の重大性によっては、毅然とした対応が求められる、などの記載があり、不実開示となる恐れがある以上、不十分な調査しかできない場合は、執行部門に決算発表を延期させるよう説得し、また、決算発表を遅らせることができない場合は、会計監査人と十分協議の上、必要に応じて引当金を計上し、後発事象として開示させるなどの抜本的な対応を迫るとともに、抜本的な対応を行わない場合は、監査報告への記載などを行う必要がある、としている。過去の不祥事でも、決算発表が不正の発生を開示する契機となっていることが多く、一方で決算発表時期を逃してしまうと、事態の解明が遅れ、会社の損害がより深刻なものになってしまう恐れが大きい、と結論づけた。
現在、金融庁ホームページに公開されている「監査における不正リスク対応基準(仮称)の設定及び監査基準の改定について」と題する新しい監査基準の素案では、以下のような企業に、より不正会計リスク発生のプレッシャーがかかっているとの記載がある。①赤字が続いている、②オーナー支配が強いなど企業統治が不透明、③海外に多数の目的不明な特別目的会社(SPC)が存在する、といった会計上の不正のリスクが高い事例を列挙している。
本来、企業と会計士との関係が良好であることが一般的であるために、踏み込んだ監査には限界があると言われてきたが、新基準では不正リスクがある場合の具体的な手続きを義務づけることで、会計士が監査でより強く企業に迫れるよう配慮したものとなっている。また、現在の基準でも、決算書の虚偽に最大限の注意を払うことや、リスクを評価して監査計画に盛り込むことを定めているが、新基準では、不正を見分けるための監査の取り組み方にまで踏み込み、監査の精度を一段と高めて成果を狙う期待を込めている。また、不正が発生した場合の監査のプロセスについても例示しているので確認いただきたい。
さらに、昨年9月7日に法務省ホームページで公表された「会社法制の見直しに関する要綱」では、2014年以降に会社法の改正を実施し、適切な企業統治を確立するために、「株式会社の業務の適正を確保するために必要な体制について、監査を支える体制や監査役による使用人からの情報収集に関する体制に係る規定の充実・具体化を図るとともに、その運用状況の概要を事業報告の内容に追加する」としている。
これらの内容は、日本監査役協会が2010年4月8日に公表した「有識者懇談会に対する最終報告書」や2011年3月10日に公表した「内部統制システムに係る監査の実施基準」にも合致するもので、これまで、監査役会監査報告書又は事業報告において、内部統制システムの運用状況について記載することが望ましい、とされてきたが、法制化することで、より厳しく対応を求めるものとなる。
オリンパス事件や大王製紙などによる不正会計事件が引き金となり、企業の不正会計リスクを予防するための監査包囲網がいよいよ整備開始となる。
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